第65話

視界には体勢を立て直しながら、手探りで白杖を探すお爺さんが。

駆け寄って手を貸すと、その人は声を頼りに顔をこっちに向けた。



「さっきのは君の声だね」



心が痛くなるほど柔らかい微笑み。

濃いサングラスの奥に隠れた瞳は見えなかったけど、とても優しい瞳を持った人だと思った。



「怪我してないですか?痛いところとか、」


「大丈夫ですよ。ありがとう」



お爺さんのジャケットの裾についた埃に気づいて手で掃うと、お爺さんはおもむろに言う。



「人が多いこの時間に一人で歩くのは無理があったようだね」



人が多いから安全。

本来そうあるべきなのにここは真逆の街。



「みんな自分のことで精一杯だから……」


「昔はこの辺りも穏やかな街だったんだよ。目が見えなくても誰にもぶつからずに歩けたんだけどね」



その言葉に相乗して無性に悲しくなる。



「嫌な街ですよね…ここは―――…」



その言葉を聞いてお爺さんはハハッと笑ってた。

自分もこの街は好きになれないと言って大きな笑顔で。



お爺さんの目は見えないはずなのに、私達の顔はちゃんと向き合っていて。

この時不思議とお爺さんの瞳に自分が映ってるような気がした。




見せかけだけの華やかな街の中。

この空間だけが温かくて、さっきの苛立ちは嘘のように薄れていた。

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