第13話


 ギルドソロモンの居城ゴエティアから見て北西の位置にソロモンが保護した森妖精エルフの集落はある。


「随分と開拓されてきたな」


 と、そんなことを呟くのは二百二十センチの巨漢。

 豪華な衣服を纏い、その服に見合った地位を有する者。

 頭部は異様の一言。まず両目が縫い付けられ閉じられている。

 額には縫い目があるが王冠を被っている為隠されている。こめかみからは黒い結晶にも似た角が突き出ている。

 悪魔の王バァル・ゼブルが森妖精エルフ達を保護した地──暫定ソロモンの首都にやってきていた。


 バァル・ゼブルが来ているにも関わらず、森妖精エルフたちは普段通りの作業に準ずる。


 これは予めバァル・ゼブルが言っていたからこそ。普段通りの姿を見せて欲しいと通知を出していた。


森妖精エルフも随分と増えてきましたね」


 バァル・ゼブルの言葉に返すのは一人の美女。

 百七十五センチほどの女性としては大きい身長。特徴的な大きな胸と尻を有する姿は情欲を誘う。

 銀髪と碧眼を有し、太陽にでもあたった事が無いかのように肌は白い。

 胸元が大きく露出したドレスを纏っている姿は社交界にでもいればさぞ注目を集めるだろう。

 四天王の一人、リリスだ。


 バァル・ゼブルとリリスはまだ村と言える規模の集落を見て回る。


 特徴的なのは大地におりて農作業に準じている者達だ。


 その数は五十人近い。


 あれから森妖精エルフたちの数は増えた。


 アリシャ達以外の他のグループが終わりの森にやって来て、バァル・ゼブルの配下が発見。保護という流れだ。

 今となっては百人以上の森妖精エルフがこの集落に居る。


 バァル・ゼブルとリリスの二人は時折空を飛んだりしながら集落を見て回る。


 実に平和なものだ。


 周辺のモンスターはゴエティアの悪魔が掃討した上駐在させることでモンスターの襲撃を防いでいる。

 何かしら必要な物があれば城の鍛冶師が作ったり、錬金術師が用意する。畑だって棺の悪魔コフィン・デーモン森司祭ドルイド魔法で用意したものだ。

 足りないものは全て城で用意した、作り上げられた集落こそがここだ。


「ここにも名前を付けないといかんな」

「必要でしょうか?」

「名が無いと呼びづらいだろう?」


 何が良いかな、とバァル・ゼブルは考える。

 どうせなら悪魔の名にあやかって付けたいものだと。


(それにしても、他プレイヤーの気配は無し、か)


自分だけが転移したのか。周辺に居ないのか。時間軸がずれているのか。

バァル・ゼブルは軽く考えてみるも詳細はわからない。


やるべきことを部下に任せているバァル・ゼブルは普段何をしているのか、というと特にこれといったことはしていない。

精々が日々の業務の判断、書類にハンコを押す様な作業をしている。

そのどれもが智者として生み出したオロバスの判断に許可を出す様な事ばかりであり、ぶっちゃけるなら仕事をしていない。

午前にハンコを押して午後からは城の図書館でゲーム内書籍を読んだりこうして森妖精エルフの集落に赴いて発展の様子を見たりなどをしている。


 そこに。魔法の電話がかかって来る。<通話>コールだ。


「──オロバスか?」


 <通話>コールの魔法はかけられた相手も誰からかかって来たかわかる。


『はっ。至急ゴエティアにお戻り頂きたく存じます』

「何があった?」

『街に赴いたシュヴァルツとパイモンからの連絡です。この地に調査隊が派遣されると』

「なんだと? ──わかった。直ぐに戻るとしよう」

『でしたらリリスと共に会議室前に来てくださると幸いです。マラコーダとファレルロも既に来ていますので』

「わかった。其処に向かうとしよう」


 そこで<通話>コールは切られる。


「急で悪いが城に戻る事になった。リリス。一緒に戻るぞ」

「畏まりました」


<異界門>ゲート


 バァル・ゼブルが魔法を唱えると黒い渦が生まれる。

 黒い靄が集い渦上になったそれはバァル・ゼブルの正面に生まれる。

 臆することなく二人は渦に入ると視界が変わる。


 会議室前の扉に二人は出てくる。


 ドアを開けようとしたバァル・ゼブルよりも早くリリスが動き、ドアを開ける。

 其処には聞いた通りオロバスとマラコーダ、ファレルロが居た。


「お戻り頂きありがとうございます」


 オロバスが立ち上がるとバァル・ゼブルに一礼する。


「構わん。緊急事態のようだしな」


 バァル・ゼブルは会議室の奥、自身の為に用意された玉座へと向かい、座る。


「さて、この地に調査隊が来るという話だが、詳細は?」


「はっ。パイモンとシュヴァルツがバッケンの街で聞き込みを行った所終わりの森に軍が調査に来るという噂話を聞いたらしいです。

 其処から精査した結果軍が冒険者を雇い森に調査に赴くとの事」

「……厄介だな」


 調査に来るという事は何かしらの調査結果を得ないと帰らない、帰れってくれないという事。

 ある種の悪魔の証明だ。ここに森妖精エルフがいないという情報をどう与えるかの話になってくる。

 もしくは正面切って戦って、殲滅するか。


「どうしたらよいと思う?」


「やはり殲滅すべきでしょう。死人に口なしと言いますし」

「撃退がよろしいかと。適当に損害を与えれば危険だと判断し逃げかえるでしょう。所詮は人間ですから」

「私としてはリリスの幻術で惑わすのが一番かと。森に来るだけ来させて何の情報も与えない、というのが一番かと思われます」

「わたくしも殲滅がよろしいかと。憂いなきよう皆殺しこそが最善と」


 上から順にマラコーダ、リリス、オロバス、ファレルロだ。


「ふむ……」


 とんとん、と机を叩きながらバァル・ゼブルは考える。

 誰の意見を採用すべきかと一瞬考える。だが問題は其処ではない。


「仮に今回打ち破ったところで、再度調査隊が来る可能性は?」

「それは……非常に高いでしょうね。全員殺した所で何故死んだかの調査を。何も無い状態にしたところで"何故何も無かったか"を調べに来るでしょうね」


「でしたらリリスの幻術はどうでしょう? 適当な死体を森妖精エルフと見せかけ、回収させるという手段です」

「マラコーダ。幻術にも限界はありましてよ。幾つ用意するかにも寄りますが魔力が足りなくなりますし、所詮は幻術。破る手段は幾らでもあります……」

「でしたらマラコーダの特殊能力スキルで死体をクラフトし、森妖精エルフの形に整えるというのは?」

「その死体を何処から持ってくるという問題が生じるぞ。ファレルロ」


 四人の会話を聞きながら、バァル・ゼブルはふと思いつく。


「──問題は今後の展開についてだ……ならばいっそ、全面戦争でもするか?」


 何となく、バァル・ゼブルはそんなことを呟く。

 その言葉に場の全員の注目が集まる。


「それは早計かと。未だ敵戦力も判明してない状態で戦争行為に及ぶのは愚考かと存じます」

「待てオロバス。この段階で正面戦争は確かに不可能に近い。だがゲリラ作戦ならばどうだ?」


「……対立を煽るというのは?」


 マラコーダがそんなことを呟く。


「成るほど。我々対神聖王国ではなく、異種族対神聖王国の図を描くのか。それならば確かに……」


 マラコーダのつぶやきに即座にオロバスは反応し、その作戦を考える。


「……悪くないかと。我ら悪魔の寿命も考えて作戦を展開すれば──必ずや勝てます」


「よし。ならば先ずはこの度来た連中だがオロバス。どうするのが良いと思う?」

「迎撃かと。適当なモンスターを放ち損害を与える程度が良いですね」

「よし。ならばそうするとしよう。各自作戦を考えてくれ」


バァル・ゼブルの命令に従い、各自行動を始めるのだった。


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