第4話 干し草のベッド

 酒場の宴は酣だった。アイル、イッチ、リック、チキらは同じ一つのテーブルを囲い、思い出話に耽っている。祝福に訪れにきた街の人々も、酒と場の雰囲気に酔いしれ、大声で歌い楽器を演奏し、肩を組んで踊るなどしていた。


「しかし危ないところだった」

 アイルがジョッキを置いていった。

「国王陛下の笑いに救われたようなものだったな」

「まったくです。私も内心ひやひやしていました」

 リックがジョッキ片手に肩をすくめる。

「けど、この後どうするの? 陛下は、いずれまたわたしたちに報告を求められるわよ?」

「大丈夫だ。問題ない」

 不安げなチキにアイルは大きく頷く。

「イッチが話した内容を元に、俺がちゃんとした報告を頭の中でまとめておく。心配する必要はない」

「オイラが……オイラが魔王を倒したんだあっっ!!」

 イッチが、ジョッキを振り上げながら叫ぶ。

「その通りだイッチ! 陛下も、きっとそう信じてくださるよ」

「うぃぃ……ひっく……そうだぁ、きっとそうだよ……大丈夫だぁ……」

 アイルにしきりに酒を勧められ、とうとうイッチは酔い潰れてしまった。


「さてと……もうそろそろお開きとしましょうか。私たちがずっとここに居座っていると、お店の方も迷惑でしょうし」

「そうね。そうしましょう」

「二人とも、この後どうするんだ?」

 椅子から立ち上がろうとするリックとチキに、アイルは訊ねた。

「私は、一度故郷に帰って両親に会いにいくつもりです。どうしているか気になりますし」

「わたしは自分の店を構えるつもりだから、街に残るわ」

「そうか。俺はとりあえず、一人旅でも始めようかと思ってる」

「「一人旅?」」

 二人は同時に訊いた。

「ああ。残念ながら俺は二人のように明確な目標がない。あまりそういうことを考えない性質でね。だからもう一度、旅した路を辿り直してみようかと思ってる。そしたらいつか、自分の目標とか夢とか思いつくんじゃないか、とね」

「ふ~ん。ずいぶん殊勝なこというのね」

「何ならチキも一緒にきて、二人旅にしてもいいんだぜ?」

「呆れた」

「ははは。では、参りましょうか」


 三人は立ち上がった。酔い潰れたイッチをアイルは背中に担ぎ、酒場の外に出て駅まで連れていき、馬車の荷台に乗せた。リックも乗り込み、馭者に行く先を伝えた。

「またなリック。イッチをよろしくな」

「大変なお荷物ですね……まあ、何とかなるでしょう」

「また会いましょうね。さようなら」

「はい。ではまた」

 イッチとリックを乗せた馬車が遠ざかっていく。

 後に残ったアイルとチキは、馬車が夜の闇に消えてなくなるまで見送った。


「いっちゃった」

 手を振り終えたチキはつぶやき、指で目元を拭う。

「泣いてるのか?」

「ううん、違うの。ちょっと、ね……」

 声が震え、肩が震えた。

「俺たちの、旅は終わった」

「わかってるわよ……」

「でも、再び旅は始められる。いつでも、いつだって俺たちは一緒だ」

「……な~にカッコつけてんのよ、ばか」

「フフッ」

 チキの肩を、アイルの腕が抱いた。

 抱き寄せても、チキは嫌がらなかった。

「チキ」

 アイルが顔を寄せると、さすがにチキは身を引いた。

「何考えてるの勇者さん? あなた少し浮かれ過ぎよ?」

「こういう夜は、あの日のことを思い出すな」

 アイルがいうと、チキの顔はみるみる赤くなった。

「ばっ、何いってるのよ……早く忘れなさいよ……」

「おや? 俺はまだ何もいっちゃいないぜ? いったい何を思い出したんだ、チキ?」

「もうっ……あ、ちょっと……」

 無人の駅舎にアイルはチキを連れ込んだ。干し草がベッド代わりとなり、アイルとチキはその上にもつれるように倒れ込んだ。

「誰か……きたらどうするの……?」

「誰もきやしないさ。きたらきたで、見せつけてやる……」

 アイルの腕がチキのスカートの中に潜り込む。

「チキ……」

 指を絡ませ、二人の体は干し草の中に深く、沈み込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る