第34話 荷物持ちの仕事



 冒険者ギルドの依頼掲示板には様々な依頼が書かれた木札が掛かっている。しかし、これらの依頼をこなす冒険者は少数派だ。

 殆どが依頼とは関係なしに迷宮に潜り、回収した魔石や素材を直接ギルドに売って金を稼いでいる。ローライの冒険者ギルドは多くの工房や市場と提携し迷宮の産物を安定供給しているのだ。


 だから俺のように毎日この掲示板を端から端まで眺める者は少ない。

 いや、もう一人いたな。セミロングの金髪を後ろで束ね、忍者風の恰好をした小柄な女。


「サトルっちぃ~、良い依頼あったっスかぁ?」


「話し掛けてくんな」


「ええ、いいじゃないっすかぁ~。自分と一緒に依頼見ましょうよぉ~」


「……」


 無視だ。無視。

 この女、名前も冒険者ランクもわからないが、結構強いんだよな……。

 毎日依頼を見てるけど、どんな仕事を探してるんだ?


「あ……!あったぞ!」


 昼間は薬草採取をしつつ、朝夕はギルドで依頼を探し続けて5日、見付けた。


 木札を手に取る。

【対象E、Fランク――、ダンジョン探索、ポーター募集――〈黒煙〉】


「サトルっち、その依頼自分にくれないっスか?」


「はぁ?やらねーよ。あっち行け」


「まぁ、サトルっちなら大丈夫っスかね。……ねぇねぇサトルっち」


「何?」


 えっ……いつの間に俺の後ろに……。依頼の札も取られてた。


「そいつら……殺さないでね?」


 俺の正面にいた女が、突然背後から話し掛けてきた。

 この女、何をした?瞬間移動か?


 俺は振り返って。


「俺は只、依頼を受けるだけだ。それ返せよ」


「ふふん♪」


 女は不敵に微笑み、札を返す。



 受付に札を出すとリミリアが。


「サトルさん、耳を貸してください」


「え?なに?」


 耳を近付ける彼女も紅の乗った唇を近付ける。そして俺の耳に。


「ふぅ~~~」


「おい?」


「冗談ですよぉー。あの後調べたのですが、ここ一ヶ月の間に〈黒煙〉に同行した新人冒険者パーティーが三度壊滅しています。この数字は異常ですよ。証拠はありませんので何もできませんが……。ライトルさん達の仇を取りたいのはわかります。でも危険ですぅ。依頼を受けるのを止めてください」


 仇を取りたい?それは違うな。俺は単純に人を殺したいだけだ。

 人間はモンスターより得られるスキルが多い。獲物は俺ではなくこいつ等なんだよな。


「あんたの仕事は受付だろ。ほら、手続きしてください」


「……絶対に帰って来てくださいよ!あっ、そうだ!帰ったら飲みに行きましょ!」


「行きません」


「えぇーー。行きましょうよぉー。奢ってくださいよぉー」


「奢りません」


「ぶぅー!」


 いや、仕事してくれよ!



 翌朝、俺とウルファは迷宮〈失われた沈黙〉の前でCランク冒険者パーティー〈黒煙〉のメンバーと合流した。ヒナは宿で留守番している。ウルファもおいてこようと思ったのが、滅茶苦茶一緒に行きたがってなし崩し的に連れて来てしまった。


「黒煙リーダーのトーマスです。君がソウルイーターのサトルさん?そっちはウルファニアさんかな?」


「サトルです」

「ウルファニアだ……です」


「ははは。危険な場所には行きませんので、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。本日は宜しくお願いします」


「よ、宜しくお願いしますっ!」


 ウルファが元気よく返事をした。


 リーダーは茶髪で長身の剣士。髭を綺麗に剃っていて清潔感のある爽やかな男だ。歳は30前後だろうか。〈黒煙〉は男5人パーティー。


「ではこちらの荷物をお願いします」


 俺とウルファに大きなリュックを渡してきた。

 ダンジョン内で回収した物を持ち帰るのに、こんな大きな荷物を持って行くのはおかしい。帰りの荷物が多くなるのはわかるが。


 俺が難色を示しているとトーマスが。


「実は私達はギルド以外からも依頼を受けていまして。これはその荷物なのですよ」


「へぇー、どんな依頼なのですか?」


「ははは、それは守秘義務あので言えませんよ。ウルファニアさんは女性ですし、サトルさんは片腕……、荷物、持てますか?」


「問題ないですよ」

「わだすも大丈夫だ!」


 100キロ近くありそうな荷物をウルファはひょいっと背負った。

 俺も背負い全員ぞろぞろとダインジョンに入る。


 入口は狭いが中は二車線道路のトンネルのような広々した空間が奥まで続いている。

 光る鉱石がそこらじゅうに埋まっていて松明無しでも視界が通る。


 トンネルはクネクネ曲がり、足場は岩でゴツゴツていて起伏が激しい。

 迷路のように入り組んでいるが、彼らは斥候を使ってモンスターと遭遇しないように進んで行く。

 このダンジョンの地理にかなり詳しいな。


 第三階層まで僅か3時間程で来てしまった。


 俺とウルファの前を離れて歩く〈黒煙〉のメンバーこそこそと話している。

 俺は耳が良いからここに来るまでの間、彼らの会話を全て聞いていたのだが、これまでとは毛色の異なる話を始めた。


「もうすぐ着くな」

「なぁそろそろヤバくないか?鼓進隊の幹部全員がローライに集まってるって話だ」

「ギルド内でも鼓進隊の奴らが嗅ぎ回ってるよな……」

「こっちにはサーペント旅団の隊長が付いてるんだ。大丈夫だろう」

「ところでさ。あのウルファニアって娘を殺すのは勿体なくないか?かなり可愛かったぞ」

「ああ、滅茶苦茶可愛かった。でも囮を出さないと俺達が死んでしまうからな……」

「くくく、それでしたら、先に男の方を殺して、皆で女を楽しんでから殺すのはどうでしょうか?」

「ああ、そうしよう!あんな綺麗な子とヤれるのか。最高だな」

「リーダー、名案だぜ!」


 何が名案だよ?

 やはりウルファを連れて来たのは失敗だ。

 まぁそんなことより、こいつ等の依頼主はサーペント旅団笑うガラガラヘビか……。

 もしかして、以前薬草採取の時に倒したロックバイソンと関係があるのか?


 〈黒煙〉のメンバーは全員弱い。クソ雑魚だ。だから魂に期待できなくてテンションが下がっていたのだが……。


 釣りで例えるなら、こいつ等は生き餌だ。背後にいる大物を釣るための。

 サーペント旅団の隊長か……ふひっ……ひひひ、いったいどんな美味い魂が喰えるのか……。


 久しぶりのご馳走だ。







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