夏の夜のドライブ~隣りのあなたは誰~

木幡光

第1話

第一夜


夏の暑さも真っ盛り、夜は怖い話でもして涼みたくなる、そんな季節。


さて、皆さんのなかで怖い経験というものを実際に体験したという方が、どれくらいいるだろうか。

これは、そんな普通ではありえない怖い体験を、ぼく自身がした話。


怖いものが苦手な方は読まないでくださいね。


あれは、20歳頃の夏。

当時のぼくはすでに東京へ上京していたが、夏休みになると毎年地元へ帰省していた。

そこで地元の友人たちや、友人を通じて知り合った友人たちと、ドライブやカラオケなどに夜な夜な出かけては朝方に帰宅することを繰り返していた。

そして、その日も友人づてに知り合った女の子と夜のドライブをしようとなっていた。


新しい異性との出会い、ふたりで夜のドライブ、海を見に行こうと、シチュエーションは夏にぴったりだ。

だが、そのときのぼくは知るよしもない、その後に身も凍るような体験が待っていようとは……。


約束当日の夜、女の子の住むアパートの前へ、実家から借りた車で迎えにいった。

メールで到着した旨を連絡すると、程なくその女の子は姿を見せ助手席に乗り込み、ふたりは夜の海へ向かい出発する。


向かう道の途中、コンビニへ寄り、お菓子と飲み物を買い、ふたたび車へ乗り込む。

共通の友人の話題を中心におしゃべりしながら、しばらく街中を走り、やがて街灯が少なくなり道幅が狭くなる。風には海の潮の香りが混じりはじめ、やがて道沿いに黒い水面みなもの海が見えた。

対向車たいこうしゃも少ない、ただ自身の運転する車のヘッドライトが道の先を照らしていた。


車を走らせていると、やがて視界に道端にたたずむひとつの自動販売機じどうはんばいきが見えてきた。

自動販売機は街灯のない道にぽつねんと青白い光りを灯して、街灯の代わりに道路を浮かびあげていた。

「あ、わたし、ここきたことあります」

助手席の女の子が自動販売機を見て、ふと思い出したように言った。

「この自動販売機を目印に、少し進んで山道やまみちを登っていくと、古いトンネルがあるんです」

聞けば、女の子は以前、学校の先輩に連れられ、この辺りにきてそういった話を聞いたということだった。

そのときは、ふうん、そうなんだ、と話半分に聞き流し、車は自動販売機の横を通り過ぎた。

途中、山へ向かう道がいくつかあった。

彼女が先ほど話したトンネルがあるという山道は、このどれかなのだろうか。

だが、ぼくたちの目的地は海だ。

ぼくは道なりに車を走らせ、青い看板に『海水浴場かいすいよくじょう』の文字が見え、車は海水浴場の方へとひた走る。


やがて到着した海水浴場は、波の寄せては返す音がざざ、ざざ、とひびいていた。

車を道の端に停め、ふたりで車を降りると、コンビニで買った飲み物とお菓子を入れたビニール袋を手に砂浜に向かい歩いた。


深夜の遅い時間、辺りに人はいなかった。

ぼくたちはふたりだけで、砂浜にある石段に並んで腰かけた。

取り出した飲み物を手に、ふたりで乾杯するとお菓子をつまみにしながら話をした。


何気ない話題や、友人たちの面白話、恋愛観の話、たくさんの話題を持ち出してはふたりで笑った。

肩を寄せあい、もしかしたら肩を抱くくらいのスキンシップならあったかもしれない。胸の奥に、もしかしたらあわい期待のようなものもあったかもしれない。

でも、キスもしなければ、この後ホテルに行こうということもなかった。

ぼくたちはただ、若さと出会ったばかりの新鮮しんせんさと、夏の魔法の熱に浮かされた距離の近い友人として、ふたりの時間を楽しんでいた。

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