例えばこんな悪魔契約者

ネムノキ

第1話 悪魔と契約しました

 なんか気付いたら悪魔と契約してた。


《中々情熱的な口説き文句だったわ》


 契約した悪魔、サキュバスのおねーさんはそう微笑む。淫魔の別名の通り、その表情を見るだけでなんかこう、惚れてしまいそうになる。


「まさか自分に同性愛の気があったとは」


 そして淫魔を呼び出しちゃうくらい欲求不満だったとは、思ってもいなかった。


《意外かしら?》

「まあね」


 酒は本性を露わにするというから、そういうことだったのだろう。

 ……成人記念にと飲んだビールを、350ミリ缶ひとつに抑えたのは良いとして。誰か友人知人に備えてもらうべきだったなあ。たったそれだけで記憶が飛ぶほど酔うなんて、下手したら死んでたんじゃないかな?


「で、おねーさんと契約してた訳だけど。何かしないといけないこととか、って、ある?」

《んー? 対価はもう貰ってるから、特には? 追加でやってくれるなら『ご褒美』あげるようなことはあるけれど》

「ほーん。どんなご褒美なの?」

《ナデナデしてあげる》


 それはそれは。


「ヤル気出てきた」

《そう。で、やるの?》

「内容による」

《慎重ねえ》


 おねーさんはフフッと笑った。かわいい。


《やって欲しいのは『お金稼ぎ』。要するに貢いで欲しいの》

「お金? 苦学生に貢げ、っていうのは中々ひどくなーい?」

《ああ、欲しいのは人間界のお金じゃないから。魔界のお金が欲しいのよ》

「魔界のお金の稼ぎ方なんて知らないんだけど?」

《手っ取り早い方法は、人間界に出てきてる悪魔の討伐か捕縛。賞金が出るの》

「つまり賞金稼ぎ?」

《そうね。後は人間界に根を張った『異界』、野良悪魔が勝手に領地化したところを攻め落として略奪するとか》

「うーん野蛮」


 賞金稼ぎか略奪か。どっちも暴力的で趣味じゃない。


「ん?」


 ここでふと気になることが出てきた。


「おねーさん、って、悪魔の中じゃどのくらい偉いの?」

《一応爵位としては男爵を拝命しているわ。強さもそのくらいよ》

「領地とか、持ってたりする?」

《当然持ってるわ》

「ふむ。じゃ、野良悪魔、ってどのくらい強いの?」

《強さ? 男爵に二段は劣る騎士爵にもボロ負けするのがほとんどね》

「ふむふむ」


 これは良いことを聞いた。


「ちょっと思い付いたんだけどさ……」




   * * *




「おかしい」


 日本の退魔組織を束ねる半官半民の組織『タカマガハラ』の中国地方局の面々は首を傾げていた。


「仕事が少ない」


 2001年9月11日から増え続ける一方な悪魔や妖怪による『悪魔犯罪』が、このところ微妙に減っているのだ。

 なお減ったとはいえ月の残業時間は150時間を超え、職場が家と化している職員ばかりなことに変わりはなく。先ほどのつぶやきは、


「仕事が(思ったよりも)少ない(ただし一般人なら死ぬほどの量ある点は変わらない)」


 というのが正確なところだったりする。


「誰かが何か企んでいるのか?」

「やめろよ縁起でもない」

「九州と近畿の増加率は予測より上だったんだから、そっちに流れているんじゃないか?」

「あーね」


 職員達は死んだ目で会話をしながら仕事を続ける。


「いいじゃねえか厄介事が減っているんだから。俺はそろそろ家に帰りてえよ」

「やめろ、やめてくれ」

「お前は半年前に帰れているんだから良いじゃねえか。俺なんてここ三年帰れてねぇよ」

「私も五年は帰れてないね」

「不幸自慢止めよう、辛くなる」

「そうやな」

「せやせや」


 退魔組織に所属する最低限の資質として『悪魔を視認出来る』というものがあるが。第二次世界大戦中日本各地を襲った空襲と戦後のGHQによる『退魔師狩り』によって日本の退魔師はその数を大きく減らし、21世紀に入って20年が経とうとする今なお回復していない。

 世界的に悪魔犯罪が増加傾向にある中の人手不足は、タカマガハラ傘下の実働組織『イシヤマ』『ヤハタ』『アマクサ』を酷く消耗させ。溜まり続ける疲労により注意散漫となり、戦死した実働員は数知れず。戦死により人が減ったことで生き残った面々の仕事が更に増え、と負のスパイラルに陥っていた。

 なら同盟国や近隣の国から支援してもらえば良いかもしれないが。

 アメリカの『ソロモン』は若い組織で経験不足過ぎて戦力換算出来ず。

 イギリスの『アングリカン』はオーストラリアの混沌領域を抑えるので精一杯。

 中国の『クンルン』は最近になって復活したばかりでむしろ支援を要請されている。

 ロシアに複数ある退魔組織は担当地域の押し付け合いで忙しい。

 そんな感じで、どこもかしこも自分のことで精一杯なため、他所から支援を受けられる見込みはなかった。

 そんな中、良い噂がひとつ、もたらされた。


「そうそう、関東の方でヤハタの若手が増えてるらしいけど。何か知らない?」

「ヤハタの?」


 神道系列の退魔組織であるヤハタは、GHQによる弾圧で酷く消耗した組織だ。退魔の知識と経験がない当時のアメリカが、キリスト教系列のアマクサを伸長させるためにやったことだが。ド素人目に見てもやり過ぎていた。

 あの退魔師狩りがなかったら今こんなに忙しいことなんてあり得なかったので、タカマガハラの面々は全員、現在進行系でアメリカを恨んでいるのは、蛇足として。


「ヤハタ? エドの連中はそんなこと言ってなかったぞ?」

「エドじゃない、ってことは支流か分派か」

「人員が増えるなら良いじゃねえか」

「てかその噂を理由に関東に遠征してる奴ら帰らさせろ。いい加減鳥取大飢餓砂海抑え切れんぞ」

「そうするか」


 タカマガハラ中国地方局はそんな調子で、なんとかギリギリ世界を守っていた。

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