第10話 ひそやかな贈り物
秋も深まり、店先に並ぶ花々がすっかり落ち着いた色合いに変わった頃。『花ことば』の店内には、今日も柔らかな空気が流れていた。
陽向はカウンターで仕入れ伝票の整理をしていたが、ふと、近くにいた澪が声をかける。
「桐島君、少しだけいい?」
「ん? なんすか」
顔を上げると澪は手に持っていた小さなノートを閉じ、控えめに笑った。
「実は……もうすぐ、兄さんの誕生日なんだ」
「えっ、マジっすか?」
思わず声を上げる陽向に、澪はこくんと頷く。
「うん……でも、兄さんって、あまり自分の誕生日にこだわらないから、毎年控えめなんだけど」
「……なんか、店長っぽいっすね、そういうの」
陽向は腕を組んで、どこか納得したように頷いた。
確かに朔夜は、誰かの誕生日を大事にするタイプではあるが、自分のこととなるとあくまで自然体でいる。
「で、澪さんはどうすんすか? なんか用意するとか」
「うん、今年も手作りのお菓子をちょっとだけ。気張らず、ささやかにね」
「へぇ……」
澪の柔らかい口調に、陽向はふと考え込む。
(……プレゼント、か)
店長のことを思い浮かべると、いつも自分たちを静かに見守っている姿が浮かぶ。そういう人だからこそ、何かを渡したくなる――そんな気がした。
「……なんか俺も、何か用意しようかなって思ったんすけど」
「え、本当に?」
澪は少し驚いたように目を見開き、すぐに微笑んだ。
「兄さん、きっと喜ぶと思うよ。それに僕も……桐島君が考えるプレゼント、ちょっと気になるかも」
「ちょっと、ってなんすか。でも、なぁ……」
陽向がぼやくと、澪はくすっと笑ってから言葉を続けた。
「……もし迷うようなら。なる――圭吾君にも相談してみたら?」
「え、成瀬さんっすか?」
(ん……? 何で今、名前言い直して……そもそも澪さんって、成瀬さんのこと下の名前で呼んでたっけ?)
「うん。彼、意外とこういうのセンスあるから」
その助言に陽向はうーんと唸りながらも、どこか納得したように首を縦に振った。
「……ま、参考くらいにはなるかもっすね」
* * *
数日後――。
「朔夜さんへのプレゼント? あー、確かにあの人に何を渡した方がいいのか迷うかも。何でも喜んでくれそうだし、逆にね」
カフェのテーブル越し、圭吾はいつもの調子でにこにこと頷いた。
「で、何がいいと思います?」
「そうだなぁ。基本的に物欲なさそうだし、使えるものもたぶん揃ってるだろうし……あ、花は?」
腕を組んで考え込む圭吾。陽向も頬杖をつきながら、ぼんやりとメニューの文字を見ていた。
「花屋の人に花って、ちょっと変じゃないっすか……?」
「そう思うかもしれないけどさ、逆に一番分かってる君が選んだら、意味はあると思うよ」
その言葉に、陽向ははっとして顔を上げる。
「俺が……?」
「うん。桐島くんが選んだ花だからこそ、価値がある。朔夜さんも、きっとそういうのが一番嬉しいんじゃないかな」
「……」
(花束を贈る……か)
迷い、それでも――何となく、自分で選んだ花で何かを伝えたい気持ちが芽生えていた。
その日――『花ことば』の営業終了後、陽向はカウンターの裏で一人、花材棚の前に立ち尽くしていた。
(店長に贈る花……やっぱ、カスミソウがいいか)
あの日、朔夜が言っていた言葉を思い出す。
『――カスミソウは、花の中でも特に『支え』の象徴として使われることが多いんです』
朔夜自身が、まさにそういう人だった。
目立ちすぎず、けれどそっと寄り添ってくれる、温かな存在。だからこそ――陽向はこの花を選ぶ。
(……白いカスミソウだけだと、寂しいか?)
そう考え、棚の奥からほんのりピンクがかった品種も取り出してみる。優しい色合いが、どこか朔夜の雰囲気に重なった。
慎重に束ね、リボンで留めた小さなブーケ。それに添えるための、メッセージカードも用意していた。とはいえ、文字を書く手は何度も止まり、なかなか言葉がまとまらない。
(……別に、変なこと書くわけじゃないのに)
結局、何度も書き直した末に、シンプルな一言だけを記した。
――いつもありがとうございます。ささやかですが、感謝を込めて。
そして、翌日の朝。
「おはようございます、陽向さん……おや、それは?」
いつものように出勤してきた朔夜が、陽向の手元にあるブーケに気づいて立ち止まる。
「……あの、これ」
陽向は言葉を選びながら、手にしたブーケと小さなカードを差し出した。
「店長、誕生日っすよね。澪さんから聞いて……その、よかったら、これ」
朔夜は目を瞬かせ、それからそっと手を伸ばして受け取った。
「……カスミソウ、ですね」
ふんわりと花を眺めた後、ブーケの中に挟まれたメッセージカードをそっと開く。手書きの文字を読み、朔夜の唇がゆるやかに綻んだ。
「……ありがとうございます、陽向さん。とても、嬉しいです」
「そ、そうっすか?」
陽向は思わず視線を逸らしながら、頭をかく。
「たいしたもんじゃねぇっすけど……感謝くらいは、ちゃんと伝えようと思って」
「ええ。その気持ちだけで、充分です」
穏やかな笑みを浮かべる朔夜。その目元は、どこかいつもより柔らかく見えた。――その笑顔を見た瞬間、陽向の胸にふと違和感が生まれた。
(……俺、なんでこんなに緊張してんすかね)
ただのプレゼント。ただの花束。そう思っていたはずなのに――手のひらはまだ、少し汗ばんでいた。
「ふふ、朝から素敵な贈り物をいただけて、幸先の良い一日になりそうです」
朔夜がふと、カスミソウに頬を寄せる。
「……この色の組み合わせ、陽向さんらしいですね。優しくて、あたたかい」
「そ、そうっすかね……?」
ますます落ち着かなくなってきた自分に、陽向は苦笑した。
(……やっぱ、ちょっと変だよな。俺)
けれど、そんな感情の奥に――言葉にならない何かが、そっと芽吹いていることに彼はまだ気付かない。
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