第四章:女王の戴冠
25. 16歳の女王
国王と王妃が相次いで帰らぬ人となった。
二人の子はシエルただ一人だったから――王の生前からの意向もあり――必然的にシエルが王座を継ぐこととなった。その裏ではバチバチの政争があったらしい。じいちゃんとバルゼグート師が連日対策会議のために部下を招集していたし、俺たち護衛部隊もその戦力を大幅に強化されるに至った。
この機に乗じて攻めてこようとする隣国は当然のように存在したし、シエルが女王になることに反発する国内の貴族連合の動きもあった。
今にして思えば、これらの動きのそのことごとくがアレンゴル将軍とゼルデビット辺境伯によって仕組まれていたとも考えられる。
そして、国王と王妃の病の原因も、あるいは、だ。
「本当にげっそりする」
しばらくぶりに訓練場に顔を見せたシエルは、文字通りにやつれていた。十六歳になったばかりとは思えないほどにボロボロになっているシエルは、その美しい金髪すら適当に流していて、とても女王になる身とは思えなかった。
「身なりに気をつけろ、なんて言わないでよね」
ぎろりと睨まれ、俺は慌てて目を
「むー……。ギャレスにまでそれ言われたら、私もう奈落に落ちる」
「待て待て、何も言ってない」
「言おうとしていたのくらいわかるよ。何年の付き合いだと思ってるの」
「いや、それは」
シエルに
「色々忙しいんだろ」
「雑にまとめないでよ、もう。そうよ、忙しいの。お父様とお母様の教育のおかげで、社交界で不自由しないのはいいけど。ほら、私、器量いいでしょ?」
「容姿はわからん。が、まぁ、うん」
「ぎゃーれすぅ、そこはさぁ! うん綺麗だよ、お前なら大丈夫だ、くらい言うところじゃない?」
「うん、綺麗だ。お前なら大丈夫だ」
「棒読み!」
シエルは頬を膨らませて俺の胸に正拳突きを叩き込んできた。
「なかなか効くぞ」
実際かなり痛かった。俺の分厚い毛皮を貫通するなんて、どういうパワーをしているんだ。
「私さぁ、不安なんだよ、ギャレス。私が女王だなんて、この情勢不安定な中で務まるのかなって。剣聖とバルゼグート先生だって若くない。病み上がりの剣聖はもうまともに剣が振れないって聞いた。どうしようどうしようって毎日夜しか眠れない」
「夜眠れてるならいいだろ」
「渾身の冗談に真顔で返すな」
シエルはぶつぶつ言いながら、俺の右手をいじり始める。
「もふもふだよ、もふもふ。私に足りないのはもふもふ成分」
疲れすぎておかしくなってしまったのだろうか、シエルは。
「アガレット王国は領土をよこせって言ってくるし、バールレン帝国は王子を私の夫にしろって脅迫してくるし。貴族連合はあちこちで反乱するし! ほんとにもう!」
「アガレットとバールレンはどうするんだ?」
「ジグランス
「頼りになるな」
「そうなの。ゼルデビット辺境伯のことはお父様は昔から頼りにしていたわ。お
「んー、そこから数十年、南国に目を光らせ続けているのは事実だろうな」
まぁ、シエルの期待に応えられるなら何でもいいか――この時の俺は安直にそんなふうに考えていた。
「ジグランス
……思えば、これが王都防衛の手薄さに繋がった。また、アレンゴル将軍が王都を離れる口実にもなってしまった。
ゼルデビットとアレンゴル、そしてジグランスによる王都陥落のシナリオは、戴冠式を前にしてすでに動き始めていたと考えるべきだった。もちろん、当時の俺がそんなことに気が付くはずもない。
「貴族連合はどうなんだ? 必要なら何人かの首くらい持って帰ってきてもいいぞ」
「それは最終手段だよ、ギャレス」
「じゃぁ、どうするんだ?」
「彼らが求めているのは利権。だけど、彼らは王国なしには存続できないわ。アガレットにしてもバールレンにしても、領地安寧なんて約束するはずがないもの」
確かにな。俺は頷く。
「それなら?」
「彼らは自分の子たちを王家に入れたくて仕方がないの。それで政治を操ろうって算段。ラクゼア公爵……ってのは、私の叔父なんだけど、この人の息子を私の夫にしたらそれで片付くはずよ」
「え?」
「とはいえ、私は結婚する気なんてない。まして政治の実権を渡す気なんてさらっさらない」
「それなら、何も解決しない」
「だから困ってるのよ」
「じゃぁ、ラクゼア公爵とやらをぶち殺してくればいいんじゃないか?」
「だーからー!」
シエルは俺の胸をぽかぽかと叩く。俺が獣人だと思って、シエルは力加減をしてくれない。
「姫、こちらにおられましたか」
バルゼグート師と騎士三名が息を切らせてやってきた。
促され、騎士の一人が膝をつく。
「ラクゼア公爵家が、軍を率いて王都を目指しております。途中合流する貴族連合軍もあり」
「なんですって」
動きが早いな――俺はバルゼグート師を見る。バルゼグート師はゆっくりと頷いた。
「こちらも軍を動かしましょう。剣聖アグラード卿の兵もこちらに集まっています」
「助かります。さっそく軍議を開きましょう。要職を集めて」
そういうシエルの顔はすっかり為政者の威厳に満ちていた。
「ギャレス、あなたも来て」
「俺? 俺は」
「
「そ、そうだったな」
俺は愛用の剣をとって、シエルの後を追った。
軍議で決まったのは、ラクゼア公爵家を消滅させるということだった。軍を挙げて王都に迫ったことは決して許されることではなく、また、王家に弓を引いた以上、極刑をもって償わせなくてはならないということだった。簡単に言えば、一族郎党皆殺しである。
シエルはラクゼア公爵のみの処分で良いと主張したが、バルゼグート師やじいちゃんが断固として譲らなかった。アレンゴル将軍が居合わせたらなんと主張していたのか聞いてみたい気はしたが、当のアレンゴル将軍はと言えば不在だった。
……というより、ここのところ全く王城にいない。ジグランスと共に北部戦線にいることがほとんどだ。
「仕方ありません。この状況で籠城は悪手。南の平原に全軍を展開。ラクゼア公爵には交渉の用意があると伝えます」
しかし、無情にも戦端は開く。それは会議からわずか四日後のことだった。
「あなたたちの願いは何か! 私の死か!」
愛馬にまたがり、軍の
「少し
戴冠式はまだ済ませていないが、バルゼグート師はそう呼んだ。剣を抜いたじいちゃんもそれに同調する。じいちゃんは剣こそ持っているが、もうまともには戦えない。しかし、剣聖その人がいるその場に進んで斬り込んでくるバカもいない。
「総力戦、良いですな」
じいちゃんが尋ねると、シエルは唇を噛んだ。そして聖剣ガルンシュバーグを抜き放つ。
「これより反乱軍を討ち果たす! 全軍、前へ!」
シエルは真南の太陽に向けて剣を掲げた。
ガルンシュバーグが物騒に輝いた。
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