2. 崩壊都市ゼンダリオと少女との出会い
――私の顔を潰し、鎧を隠しなさい。そして私を川に捨てるのです。
シエルの顔が赤く染まり、
シエルを壊したのは俺だ。
その亡骸を、俺は投げ捨て、獣に食わせた。ゼルデビットの兵士たちに程なく見つけられるだろうが、誰もそれを女王シエルグリタだとは思うまい。シエルの遺志を、その遺言を成し遂げるためには、そこまでする必要があったのだ。
……あったのだ。
太陽を追いかけて、
それまでどこをどんなふうに歩いたのか、俺は覚えていない。ただ足を動かし続けただけだ。シエルに
俺の記憶では――真西に進めているのだとすれば――この先に小規模な城塞都市があった。そこで食料を補充しようと皆で計画を立てていたのだ。
「……明かり?」
西の彼方の空が
「馬の一頭でもいれば!」
進めば面倒事に巻き込まれる。戻れば危険な夜の森だ。迂回しようにも食料が尽きている。だからそんな時間的余裕はない。
「ええい」
俺はガルンシュバーグを背負い、愛用の長剣を確かめる。度重なる戦闘を経てすっかりなまくらになってしまったが、ないよりはマシだ。
地面を蹴り、ひたすらに駆ける。俺たち
だが俺は、絶対に守らなくてはならない人間を守ることができなかった出来
「これは……」
城塞都市ゼンダリオが焼け落ちていた。城壁の内側は、王都の惨状に勝るとも劣らない地獄絵図だ。
「これは、何の傷だ」
倒れている人々は鋭い何かで切り裂かれていた。剣の達人でも――たとえばじいちゃんほどの達人でも、この人数をこのように殺すことはできない。
「……ただの火事ではないということか」
俺は灼熱の街を歩き回る。危険は承知だが、俺も生きなくてはならない。旅に必要な物資はここで確保しなくてはならなかった。
しかし、どこを見ても凄惨な
「くっそ……」
「しかし、こんなことをするなんて」
ゼルデビットの手の者だろうか。それにしてもゼルデビット辺境伯がここまであからさまにジグランス公爵に喧嘩を売るだろうか。両者は軍事力では互角だ。ということは、王都とその周辺の王家派の貴族たちとの戦いも続けているゼルデビットは不利だ。
「考えてもわからんか」
そして生存者も見当たらない。
――で、こいつは生存者ってわけじゃないな。
炎の中から現れたそれを見て、俺は瞬時に麻袋を投げ捨て、剣を抜いた。
周囲にいるのは十体。おそらく俺が入ってきたのとは反対側の入口から侵入してきたばかりだ。何匹かの口元には赤いものが付着していた。手近な死体を食らったのだろう。
その時だ。
「ッ!?」
近い。
これは
俺は全力で地面を蹴る。進路上の
「ちっ」
部屋の中では男が、今まさに喉笛を掻き切られたところだった。奇妙な高音を発し、膨大な鮮血を吹き上げながら、男は倒れ伏した。その奥では若い女が震えている。
「お、お父さん……!」
少女の傍らには中年の女性も倒れていた。こちらは背中に手斧が突き立っていた。
俺は問答無用で室内の四体の
「立てるか」
俺は剣を収めて、腰を抜かしている少女に手を差し出した。少女は
「俺はギャレス。わけあってここまで逃げてきた」
建物から少女を連れ出し、俺は改めて少女を観察する。炎を受けてもなお黒いその髪は強く印象に残ったが、それ以上に俺の目を引いたのは少女の目だった。深い空の色の瞳――そこだけ見れば、この子はシエルグリタと同じだった。
「お前、名前は」
「ファ、ファイラン……」
「年は」
「じゅ、十六歳になったばかり……」
ふむ。
俺はゼンダリオの城壁の外に出るまで、黙って思案した。
「お前、剣を使ったことは」
「あ、ありません」
だろうな。
「覚えろ。俺が教えてやる」
「で、でも」
「生きるためだ」
嘘を
ファイランのその深い空の瞳を見た瞬間に、俺は俺がやるべきことを知った。
俺はこの子をシエルグリタに仕立て上げるつもりなのだ。
「でも、私、もう」
「生きるのを諦める権利など、誰にもない。生きているなら、
シエルグリタは優れた騎士でもあった。ファイランもまた、そうならなければならない。俺は拳を握りしめる。
ファイランの背後では、
――!
俺は瞬間的に剣を抜いて、旋回するなり斬り掛かった。
「強い魔力を検知したから来てみれば」
「なっ!?」
俺の一撃を完全に無力化しただと……?
俺の剣は、突然姿を現した銀髪の男の右掌で止められていた。それどころか、剣を引くことも叶わない。完全に動きを封じられてしまっていた。
「まぁまぁ、落ち着きましょう、
男は赤い虹彩を
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