第37話◇女の勘◇
友梨佳と瑠璃が同時に風邪を引いた。
幸い俺は罹患していないが、密閉された車の中に数時間一緒にいたし、同じ屋根の下で暮らしている以上は移ることは避けられないだろう。
身体を鍛えているとは言っても風邪を引かないわけじゃない。
どうやら人よりは丈夫らしい俺の身体は滅多に風邪など引くことはないけど、二人の側にずっといる以上は時間の問題とも思える。
念のため今日はマスクをして出社した。
「本部長、この書類ですが……」
「ああ、どれどれ」
っと、いかんいかん。
まずは仕事に集中しなくてはな。娘たちのことは心配だが今は会社なので考えすぎるわけにはいかない。
勤務中は問題無く仕事に集中することができた。
プレゼンも大好評のうちに幕を閉じ、今度のプロジェクトが成功すれば専務への昇進を役員会に打診すると社長から太鼓判を押して貰えた。
「本部長、今日のプレゼンは素晴らしかったです。このプロジェクトが成功すれば再び年利益を更新できるでしょう」
「恐縮です」
手放しの称賛を送ってくれるのは社長夫人。
年下の女性であるが、秘書としてだけではなく経営者としての才能も凄まじいらしい。
なんでも社長と結婚する前から自分で土地運用などの副業で莫大な利益を稼いでいた超やり手なんだそうだ。
うちの会社は副業を禁止していない。本業に支障が出ない程度なら申請を出せばある程度は認められる。
もちろん水商売は例外であるが、時折内緒でやっている人がいるという話も聞くので難しいところだろう。
「ところで、今日は何故マスクを? もしかして体調がお悪い、わけでもなさそうですね」
「あ、はい、実は……」
俺は社長夫人に事情を話した。するとそれはそれは満面の笑顔でこんなことを言い出す。
「それはいけませんね。今日は早退してください。可愛い娘さん達を放置するなんて可哀想じゃないですか」
「え、あ、いや……でも」
「心配ありませんよ。後のことは部下に指示を出しておきますから」
「はぁ、いやしかし」
夫人の申し出はありがたいが、このところ休みを沢山もらっているので部下に申し訳が立たない。
幸い部下達は快く快諾してくれているが、あまり甘えてばかりもいられないからな。
しかし婦人の有無をいわせぬ迫力に後ずさる。
華奢な女性であるのにもの凄い威圧感で全く敵う気がしない。
「あの……」
「まだなにか?」
「い、いえ。そ、それではお言葉に甘えて……」
「素直でよろしい。引き継ぎは私の方から伝えておきます。すぐに行動を開始しなさい。上司命令です」
婦人はいつの間にかこちらのタブレット端末から必要な情報を抜き取って俺の部下に指示メールを出し、なおかつ俺のスケジュールを調整して部署全体が滞りなく動けるように全ての命令を完了していた。
ものの7~8分である。
優秀すぎないかこの人。俺がいつも1時間はかけてやる仕事量を数分で完了させてしまうとは……。
あの社長の快進撃もこの人がいるからこそという話もこれなら納得できる。
「はい。これで今日は貴方がやることはなくなりました。早く帰って娘さんたちを安心させてあげてください。気丈に振る舞っている女の【大丈夫】を完全に信用しないように。良いですね?」
「は、はいっ!」
俺はどういうわけか彼女の言葉に一切逆らうことができず、背筋を伸ばす直立のままハキハキと返事をしてしまう。
「よろしい。ではすぐに退勤してください。あ、そうそう、帰りにスイーツでも買っていってあげなさい。風邪で弱っている女の子には甘いプリンがジャスティスです。駅前の……」
のべつ幕なしに指示を出す婦人に口が開きっぱなしになってしまう。
「聞いてますか?」
「は、はい!」
「よろしい。ではすぐに実行しなさい。女の子に心配をかける男はいつか痛い目をみます。分かったら回れ右で実行。走って!」
「Yes! ma'am!!」
どういうわけか俺は一切逆らうことはできず、そのまま退勤して駅前のケーキ屋さんに向かいたっぷり卵のふわとろプリンを購入しつつ帰宅の途についた。
もしかして社長も尻に敷かれているのだろうか。
あの奥さんには逆らえる気がしないぞ……。
◇◇◇◇◇
夫人の指示通り、駅前のスイーツ専門店でケーキとプリンを購入し、急いで帰宅した。
なんか分からないけど、恋人にケーキを買って帰るというのはちょっとしたワクワク感がある。
喜んでくれるといいな。友梨佳はプリンが大好きだから。
瑠璃も甘いものは嫌いじゃない筈なので無難にプリンとシュークリームを買っておくことにしよう。
「ただいま……」
俺が帰宅すると寝ているのか返事は帰ってこなかった。
取りあえずケーキを冷蔵庫に保管して階段を上がる。
寝ているといけないので大きな音は立てないように静かに昇り、手前にある友梨佳の部屋に聞き耳を立てる。
コンコン……
ノックして様子を伺うが返事はない。
「寝てるのかな……」
起こしても悪いので足音を立てないように瑠璃の部屋に行ってみる。
コンコン……
「はい……」
「瑠璃、起きてるか?」
「ふぇ? お父さん……?」
返事を聞いてゆっくりとドアを開ける。
「悪い、寝ていたか?」
「ううん。今起きたところ。会社はどうしたんですか?」
「早退の許可が下りたんでな。ケーキとシュークリーム買ってきたよ。熱はどうだ?」
「うん、だいぶ良くなりました」
瑠璃の許可を得て部屋に入ると、ちょっと驚きの光景が広がっていた。
「ありゃ……友梨佳もこっちにいたのか」
なんと友梨佳は瑠璃のベッドに潜り込んで一緒に寝ていた。
風邪引きさんが何をやっているのか。
「んにゃ……あ、お父さんだぁ~」
寝ぼけ眼で身を起こしてムニャムニャとトロンとした声を出す友梨佳。
「こらこら。病人同士で寝てどうするんだ」
「だって寂しかったんだもん」
「お昼ご飯にお粥たべて宿題やってたらそのまま眠くなっちゃって」
風邪引きの時まで真面目なことだ。改めて二人の仲の良さが分かる。
「プリンとケーキ買ってきたから気分転換にどうだ?」
「プリン!! 食べる~~!!」
スイーツと聞いて飛び起きる友梨佳をみると本当に風邪を引いているのか疑わしくなるが、元気なのは良いことだ。
「お父さん抱っこぉ」
「甘えん坊だなぁ」
友梨佳はここぞとばかりに甘えてくる。
俺は抱きついてこようとする友梨佳と、それを羨ましそうにみている瑠璃を抱きかかえてリビングへ降りていった。
「お、お父さん、私は大丈夫ですから」
「羨ましそうにみてたくせにぃ~」
ニヤニヤとからかう友梨佳をみてなんだかテンションがおかしいことに気が付く。
「なんかテンションおかしいぞ友梨佳。やっぱり体調回復してないんじゃないか」
「あの、多分さっきまで寂しくて泣いてたからだと思います」
「あ、瑠璃ちゃんそれ内緒ッ」
「本当か?」
「うん……ちょっと心細くなっちゃって……瑠璃ちゃんに一緒に寝てもらった」
「そうか。風邪引いて弱っちゃったんだな」
まさか社長夫人の言っていたことが当たるとは。女の勘というのは恐ろしいものがある。
俺は少し申し訳ない気持ちになりながら二人を抱えてリビングへと降りていった。
会社を早退した俺は帰宅した友梨佳達の元を訪れたのだが、風邪で心が弱っていたのか友梨佳が寂しくて泣いていたという。
「ほれ、口開けて」
「あ~ん、あむっ、んん~おいひぃ♡」
「ほら、瑠璃も」
「は、はい……あ~ん」
友梨佳と瑠璃を連れてリビングへと降りた俺は甘え倒して離れようとしない彼女を抱えたままプリンを食べさせている。
まるで鳥の雛が餌をねだるような可愛らしいお口を開いてカラメルたっぷりのプリンを頬張る友梨佳は、まるで子どもの頃に戻ったみたいに無邪気な表情を見せてくる。
「熱は……うん、だいぶ下がってるな」
瑠璃も友梨佳も熱はだいぶ下がっている。
あとはしっかりと休養を取れば明日には復帰できるだろう。
まあ38度4分も出ていたのだからもう一日くらいは大事を取った方が良いだろう。
プリンも食べ終わり、そろそろベッドに戻った方が良いだろうと思い始めた頃、おおよそは予想通りに、友梨佳がこんなことを言い出した。
「ねえねえお父さん」
「どうした友梨佳」
「一つ我が儘いっていいかな?」
「いいぞ」
「エッチしよ♡」
「ダメです」
「(=3=)えぇ~、なんでぇ」
「なんでぇ(=3=)じゃありません。風邪引きさんがなにを言っているのかね」
「もう熱は下がったもん」
「ちょっと下がっただけでしょうが。病み上がりで体力使ってどうするんだよ」
友梨佳も本気で我が儘を通そうとしているわけではないのか、俺の膝の上でゴロゴロとしながら駄々をこねる。
「友梨佳ちゃん、我が儘いったらお父さん困っちゃうよ」
「瑠璃ちゃんだってしたいって言ってたじゃん」
「そ、それはその……」
休みの間になんの話をしているんだ二人は……?
「じゃあ明日も学校を休みなさい。それで熱が上がらなかったらちゃんとしよう」
「は~い♡」
瑠璃の介入もあって場が和み、結局友梨佳は夕食を食べながらどんどん元気になっていった。
「ねぇねぇお父さん、エッチはしなくていいからお願いしてもいい?」
「内容によるなぁ」
「汗いっぱい掻いちゃったから、身体拭いて欲しい」
もうその先で友梨佳が狙っている魂胆が割と明け透けである。
汗を拭くってことは俺が友梨佳の身体に触れるってことだ。
こちらをムラムラさせてエッチに持ち込もうとしている魂胆が見え見えである。
「エッチはしないからな」
「分かってるもーん」
「あの、私もお願いしたいです……」
「OK分かった。じゃあ二人とも着替えて部屋に行ってなさい」
◇◇◇◇◇
二人の美少女が下着姿でベッドに並んで座っている。
「二人いっぺんに脱いだらまた風邪引くぞ」
友梨佳と瑠璃はベッドに並んで座り、白い背中にブラジャーのパステルカラーを彩って俺の目の前で頬を赤らめている。
「っていうかそれ、勝負下着じゃないか」
「そ、そんなことないもん。普通の下着だよ。ねぇ瑠璃ちゃん」
「えっと、それはその……」
たぶん友梨佳に乗せられたのだろうが、瑠璃までが目に鮮やかなパステルピンクの下着姿になっている。
「それはアレだよお父さん。ヨコシマな目で見ているから勝負下着に見えるんだよ。エッチな気持ちを封印してシントーメッキャクすればエロもまた善し悪しだよ」
「もう意味が分からないな。ようし分かった。そこまでいうなら絶対欲情なんてしないからな」
もはや二人ともエッチに持ち込む気満々のようにも見えるが、とにかく大人として理性ある行動をしなければな。
――――――
※後書き※
奥さんも只者ではなかった。
彼女の功績はこっちの作品でも影響があります。
↓↓↓
https://kakuyomu.jp/works/16818622171718709432
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