第23話◇瑠璃の地獄◇
【side瑠璃】
~友梨佳達と別れた直後~
いつものように夕飯の支度をして掃除をする。
本来はバイトに行かなきゃいけない時間だが、クズ息子に部屋の掃除を命じられているのでそちらを先に済まさないといけなかった。
手を抜くとすぐに難癖を付けてくるので徹底した気遣いが必要だった。
思いがけずおじ様が送ってくださったので時間に余裕ができ、いつもより早めに準備ができたのが幸いだった。
私は部屋の掃除を手早く丁寧に済ませてアルバイトに出かける準備をしていた。
お風呂は家族が寝たあとじゃないと入らせて貰えないので、着替える手間も惜しんで夕飯の支度と部屋の掃除を済ませる。
こんな家、1秒でも長くいるのは苦痛でしかない。
友梨佳ちゃんやおじ様と過ごす時間は、私にとって唯一の心の支え。
だけど、楽しい時間があると相対的に辛い時間が余計に苦しく感じてしまう。
でも、あの二人まで失ったら、私は本当に壊れてしまうかもしれない。
弱い自分が情けなかった。
泣きそうになる自分を懸命に抑え込んで出かける準備をする。
だが玄関から物音がする。私は嫌な予感がしたので慌てて階段裏のスペースに身を隠した。
「くそっ、あのアバズレがっ! ただのビッチじゃねぇか! なにが【貴方が初めて】だっ」
クズ男が帰ってきた。
見つかると絶対に絡まれるので息を殺して通り過ぎるのを待つ。
恐らく女性との仲が上手くいかなかったのだろう。
あんな性悪な性格をしていたら付き合える女性などいるのか怪しい。
お金になびいたに違いなかった。
「あぁムカつくなッ。サンドバッグはまだ帰ってこないのかよ」
その言葉に恐怖の戦慄が走る。
またあの暴力に晒されてしまう。そう考えると身体が硬直した。
それが不味かった。身体の震えが物音となり、クズに見つかってしまった。
「てめぇ帰ってたのかよ」
「あ、あの……」
足がガクガクと震え、恐怖で声を出すこともできない。
逃げなきゃ……ここにいたら不味い。
でも身体が動かなかった。
威圧するようにこちらに近づいてくるクズに睨み付けられ私は反射的に逃げだそうと必死に身体を動かす。
しかし足がもつれ、尻餅を付いた私のスカートはまくれ上がり、下着が丸見えになってしまう。
クズの視線が私の下半身に集中する。
「へっ、色気のねぇ下着履きやがって……」
蔑んだ瞳。しかしその奥に宿った
人間的な感情など一切含んでいない冷たい視線が突き刺さり、私の頭にはガンガンと警報が鳴り続ける。
これまでこのような事が起こらない保証はなかった。
私だって女だ。
自分の容姿が相手にどう映るかは分からなかったが、男と女である以上そういった危険は孕んでいる。
だから私は家の中ではできるだけ野暮ったい眼鏡をかけ、髪の毛はボサボサにし、ガチガチになるまで三つ編みを結って猫背でみっともなく見えるように意識した。
お風呂にもできるだけ入らないようにして不潔感を出して、自分が女として見られないように気を配っていた。
この家では他人の男と暮らしているのだ。
いつ自分にそういった危険が迫ってもおかしくなかった。
だけど居場所がないから、それはできるだけ考えないようにしていた。
その自分の甘さ、行動力のなさ、そして臆病すぎる精神を心底呪った。
「そういえばお前……生理不順とかでピル飲んでたよなぁ」
その舌嘗めずりを見て、悪寒が一気に身体中を駆け巡った。
ストレスに晒され続けた私の身体は毎月のように重い生理痛に苦しめられていた。
あまりにも辛すぎて、なけなしのお金で生理用にピルを処方してもらっていたのをいつの間にか知られていたらしい。
「
邪悪に染まった顔が大きく歪み、ゴツゴツした男の手が私に伸びてくる。
「いやっ、いやぁあああ!! お願い、それだけはッ!!」
「うるせぇ抵抗するな!!」
私は服を掴まれて押し倒されそうになり、必死に抵抗した。
顔をビンタされて頬が熱に晒されても、ここで諦めたら私の全てが壊されてしまう。
口の中に血の味がした。痺れるような気持ち悪さを感じる暇もなく、喉が焼き切れるほどの絶叫をしながら死に物狂いで抵抗する。
しかし、ひ弱な女の腕力では男に敵うはずもなかった。
力尽くで押さえ込まれ、私は身体の自由を奪われてしまう。
数ヶ月前の私だったら、本当にそこで諦めていたかもしれない。
でも、今は違う。
「大人しくしろよ! どうせテメェはここから逃げられねぇ! せめて性奴隷として役に立てや!!」
その言葉に、私の中の何かが、キレた。
「ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!」
「てめっ! 大人しくッ、ぐっ、ごぴゅッ!!!?」
無我夢中で身体を動かしクズの股間を力の限り蹴り上げ、突き飛ばした。
「グエッ!」
身体の自由を取り戻した私は、そこからの記憶が曖昧だった。
スマホも財布も置き去りにしたまま、傘も差さずに大雨の降りしきる外に飛び出し、靴が履けずにもつれる足を必死に持ち直して走った。
捕まったら間違いなく犯される。いや、殺される。
私の全部が殺されるッ! 心も体も何もかも、全部全部殺される!
このままでは本当に、何もかもが壊されてしまうッ!
走って走って走って走って走って……ッ!
肺の中から酸素が枯渇し、酸欠で頭がガンガンと痛む。
呼吸が乱れ、脇腹の痛みも分からなくなるほど朦朧とする意識のなか、必死になって辿りついた先は……。
私が唯一、心の拠り所にしているおじ様と友梨佳ちゃんの居場所だった。
「(おじ様……助けて、助けておじ様ッ……!!)」
最後にその家のインターホンを押したことは、何となく覚えている。
私が次に認識したのは、あの大きな手で私を掻き抱いてくれるおじ様の温かい笑顔だった。
◇◇◇◇◇
「あとは夢中になって、気がついたらここにいました」
最後の力を振り絞ってインターホンを押したところで、彼女は全ての力を使い果たしてその場にへたり込んだらしい。
「瑠璃ちゃんっ、もうあんなところに帰る必要ないからね! ここにいて良いからッ! 今日からここが瑠璃ちゃんのおうちだから!」
「私……でも、私……」
すがるような瞳がこちらに訴える。
迷うはずがなかった。
「もちろん大丈夫だよ。ここにいて良いんだ。いや、ここにいなさい。君は俺達が必ず守る。もう一人で頑張らなくて良い」
「……いいんですか……? 私、何もありません」
俺は友梨佳に抱きしめられている彼女を抱き寄せる。
「いいんだ。何もなくていい。何も必要ない。君に必要なのは、頼れる誰かに素直にすがることだよ。そして俺達はそれに応えてあげられる。もう素直になっていいんだ」
「おじ、さま……」
「瑠璃ちゃん……一緒にいよう。もう苦しまなくていいから」
「友梨佳ちゃん、私、私……ッ……うぅ、うぁあ……ぁあああ……ッ」
髪を撫で力強く抱きしめると、彼女は声を張り上げて泣き出した。
今すぐにでも向こうに殴り込みをかけたいところだが、とにかく彼女を回復させることが最優先だろう。
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