第20話◇不思議な社長と少女のサイン◇前編

 友梨佳と結ばれて1ヶ月と少しが過ぎようとしていた。


 母親との決別を図ったあの日から、しばらくは寂しそうな顔をすることが多かったが、最近になってようやく明るさを取り戻し、俺達は日常に戻っていった。


 俺は今日も会社へと出勤し、自分のデスクのある部署へと向かう。


「よう、次期社長、元気かねッ!」

「あ、これは社長、おはようございます」


 後ろから肩を叩いてきた青年に対して笑いかける。


 青年といってもこの人は俺よりも年上である。

 既に齢(よわい)は50代に入っているはずだが、見た目は三十代青年のそれである。


 その異常に若い容姿をもったこの人は、何を隠そう我が社の社長その人だった。


 俺が平社員だった頃から上司として、うだつの上がらぬ男だった俺を馬鹿にすることなく目をかけてくれた数少ない人物の一人である。


「なんだか最近は機嫌が良さそうじゃないか。なにか良いことでもあったのかな? あ、そうか。例の娘さんとデートでもしてきたな?」


 その言葉に少々ギクリとなる。


 この人は遠回しに核心を突くような言葉を投げかけてくることが多い。


 俺が友梨佳と結ばれた次の日、『おはよう、なんだ? 童貞を卒業したような晴れやかな表情をしているな。長年の恋でも成就したのかね?』などと言われ肝を冷やしたのは記憶に新しい。


「まあいいか。それより次期社長」

「あの社長、何度も言うようですが、その次期社長というのはやめて頂けないでしょうか。無駄に敵を作ってしまいそうで怖いのですよ」


 この人は何故だか俺の事がお気に入りらしく、名前ではなく次期社長などと呼んでくるので非常に反応に困るのである。


「なぁに。私がそう決めているのだから誰にも文句はいわせんよ。役員達も全員納得済みだからな」


 ますます反応に困る。


 俺は曖昧に笑うしかなかった。


「ところでだ。最近の君の活躍は非常に素晴らしいが、恋人との時間に夢中になりすぎてはいないかね? 少し顔がやつれているぞ。しっぽりやりすぎて精力減退に悩んではいないか?」


「そ、それは」


 俺は再びギクリとなる。身に覚えがありすぎた。


「やはり図星じゃないか。張り切るのも結構だが年も年だからハッスルしすぎると腰を痛めるぞ。性欲の強い若い女の子相手じゃ仕方ないかもしれないがな。その分テクニックでカバーってことかねぇ」


 俺は戦慄を覚えた。

 まさか社長は俺と友梨佳の関係に気がついているのだろうか。


 まるで見てきたかのように俺が最近悩んでいる友梨佳の性欲の強さについて的確に指摘してくる。

 確かに最近腰の痛みが度々起こるのだ。


 友梨佳の性欲の強さは半端じゃなく、ほとんど毎日のように求めてくる。


 特にそろそろピルを飲み始めて一定期間経過したため生エッチ解禁が近づいている。


 次の生理が明けたら生エッチを解禁しようと約束しているため、その日に向けて張り切ってテクニックを磨いているのだ。


「まあ励むのは良いことだ。やりすぎないようにな。そんな君にはこれをあげよう」


 社長はおもむろにポケットから小さめのペットボトルを差し出し俺の胸ポケットに入れる。


 見たところラベルの張っていないペットボトルに透明な水が入っているだけだ。


「あの、これは……」

「精力にお悩みのナイスミドルに持ってこいの栄養ドリンクとでも思ってくれ。そいつを飲めば元気100倍。ベッドの上では元気莫大だ」


 社長は時々こういうよく分からないものをくれたりする。


 クッキーだったり駄菓子だったりするが、不思議とそれを食べると元気になる。


 おかげでその日1日を快適に過ごすことができたのでありがたかった。


「あ、そうそう、今日のそいつは特別仕様だから。夜の生活に備えて飲んでおきたまえ。本当に恩恵を感じるのは今日の夜あたりだろうて。そろそろお待ちかねの日だろうからね」


「は、はぁ……ありがとうございます……」


 いつも通りよく分からないことを言いながら高らかに笑い、その場を去って行く。


 本来なら大いに怪しげなものであるが、社長が目をかけてくれたおかげで出世できてきた経緯があるし、悪いことは起こったことがないため信頼しているので、無駄に疑うようなことはしないようにしている。


 相変わらず掴めないお人だ。だがあの方が我が社に社長として就任してから会社の業績は過去最高を毎年更新し続けている。


 俺なんかには及びもつかない壮大なビジョンが見えているのだろう。


 謎の多いお人であるが、目をかけて貰えるおかげで会社での待遇も随分と良いのは確かだ。


 いわく、なんか彼の若い頃に俺が似ているのだそうだ。


 とはいえ社長と俺とでは歩んできた道が違いすぎる。


「あっ、社長! こんなところにいたんですか! もうすぐ朝礼の挨拶が始まりますよ! 早く来てくださいッ!」

「ごめんごめん、今行くよ~。じゃあ次期社長! 元気でやってくれたまえ。今日も期待しているからね」

「はっ、誠心誠意努力いたします」


 俺はうやうやしく挨拶をして社長を見送る。


 因みに先ほど社長を大声で呼びつけたのは直属の秘書であり奥さんでもある社長夫人だ。


 年の頃は俺よりも一回りくらい下の女性であるが、先代の社長、つまり今の会長のご令嬢であり、とんでもない美人である。


「もうっ! いつも勝手にいなくなってっ。社長って自覚が足りないですよ!」

「ごめんごめん。今夜も可愛がるから許してよ」

「そ、そんなことでごまかせませんからね!」

「あれ? じゃあ今夜はいらないの?」

「そ、そんなこと言ってないじゃないですか、もう! 意地悪な人ッ」

「ごめんってば。愛してるよ」

「か、会社の中ではやめてくださいよ!!」


 こんな会話をしながら立ち去っていくおしどり夫婦でもある。


 なんでも一昔前にこの会社の内部データがコンピューターウイルスによって漏れてしまった時、首を言い渡された社長、当時の課長のことを最後まで信じ、身の潔白を証明しようと奔走し、心の支えになったらしい。


 この事件のことは俺も覚えている。

 ウイルスによって会社の内部データが漏れてしまったが、しばらくすると謎の収束を見せた不思議な事件だった。


 そして課長の濡れ衣が一挙に晴れて、そこから彼の大躍進が始まったのだ。


 20年近く万年課長だった彼がたった数年で社長の座にのし上がった伝説的な出世劇は今でも社員達の語り草になっている。




 そして彼はリアルにハーレムを作っている人物としてテレビやネットでの超有名人である。


 実は社長夫人がそのハーレムの第1号であり、全ての女性のまとめ役でもあるらしい。


 何故こんなことを知っているのかというと、何度か社長の家にお呼ばれして本人達から直接聞いた話だからだ。


 女優、モデル、弁護士、政府の要人、資産家の令嬢などなど……。


 雲の上とも言える高嶺の花達が、口をそろえて社長への愛を惜しげもなく語っているところを間近で見せられては信じるほかあるまい。



 それに、社長の功績はサクセスストーリーとして本が出版されているほどで、そこに載っている。


 何かと話題に尽きないお方なのである。


 日本の法律では夫人は一人だけ。

 しかし彼はそんなの関係ないと言わんばかりに次々と恋人を作り、その全てを愛し抜いている。


 マスコミから叩かれようが世間から揶揄されようが、一切気にすることなく堂々と交際宣言をし、しかも彼の側にいる女性全員がそれを納得しているというのだから凄いの一言だ。


 愛憎劇めいた事情が一切ないので勝手な憶測を飛ばすネット以外は文句のつけようがない。社内にも社長のおめかけさんは何人もいて、口説いてはいけないという暗黙の了解がある。


 もはや生ける伝説だ。


 自分の娘と恋人になった俺自身もあの堂々たる態度は本当にあやかりたい。


「それにしても、お待ちかねの日とは一体どういうことなんだ?」


 時折予言めいたことを言い残していく社長の言葉には何かしら意味を持っていることが多い。


 ヴ~ヴ~


 その時、俺のポケットのスマホが鳴った。

 チェックしてみると友梨佳からのメールだった。


「アッ……」


 その内容を見たとき、社長の言っていた予言めいた言葉の意味を理解した。


『生理明けたよ~。今夜は精の付くものいっぱい作るからねッ。ウナギとか食べちゃお♡』


 キラキラした絵文字をふんだんに使って友梨佳が待ちに待っていた日がとうとうやってきたことを示す内容であった。


「社長……本当に予言者じゃないのか……?」


 俺は戦慄を覚えながら自分のデスクへと向かっていった。


 因みに社長からもらった謎の飲料水は昼休みに飲んだのだが、身体の中から淀みが取れたような爽快感を味わい、その日の午後はとんでもなく快活に過ごす事ができた。


 もしかしてあの人、人間越えてるんじゃないだろうか……?



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