第27話 027
「殿下…やりすぎですよ…」
レイセルが呆れたように言う。
「なぜだ?あいつは俺と彼女を愚弄したんだ」
ゼノンは譲らない。
「殿下は皇后陛下のことになると周りが見えなくなりすぎます…他国の使節にあのような態度を取れば、今後どうなるか…。元はと言えば、殿下が皇后陛下にあのような贈り物などするからですよ?だから気をつけるようにと…」
「もういい、わかっている」
「殿下がどれほど腹黒く冷酷であるか…皇后陛下にも見せてあげたいですよ…」
「残念ながら、彼女にこんなところを見せることはないだろうな」
ゼノンが微笑むと、レイセルは大きなため息をついた。
ーールシェルの部屋の前
「皇后陛下、璃州国の藍 様がお越しになっていますが…」
(なぜ彼がここに…?)
「いいわ、お通しして」
藍 がどこか沈んだ様子で入ってきた。
「…藍 永燈です……皇后陛下にご挨拶を。突然の訪問をどうかお許しください」
一瞬、空気が止まる。
「藍 永燈様…何か私にご用でしょうか?」
藍 は少し迷った後、膝を折り、床に深く頭を垂れた。
「……皇后陛下に、謝罪をさせていただきたく…まいりました…」
「…藍様、何をなさっているのですか…!」
ルシェルは藍の手を引き、立ち上がらせた。
「ひとまず、そちらにお掛けになって下さい。ハーブティーはいかがです?」
「…はい、ありがとうございます」
「エミリア、いつものハーブティーを入れてくれるかしら?」
「はい、皇后陛下」
エミリアはハーブティーを入れ、二人に出した。
このハーブティーは、ルシェルが眠れない時に心を落ち着かせるために、普段からよく口にしているものだ。
「これは…璃州のものですね…」
藍が少し驚いたようにルシェルを見る。
「ええ、眠りにつけない時や、冷静に物事を考える際によく飲んでいるものです。他にも、紅茶やジャスミンティーもよく飲んでいますよ。璃州国のお茶は本当にいいものばかりですので、私が侍女に頼んで直接仕入れているのです」
「そうでしたか…そのように言っていただけて、とても嬉しく思います。今度、私のよく飲んでいるお茶もお持ちいたします」
藍は表情にはあまり出していないが、嬉しそうに見えた。
ーーしばしの沈黙の後、藍が重い口を開いた。
「…先ほどの宴の席でのことを…謝罪したいのです…。それから、以前の宴の際もあなたに失礼なことをしました」
(あぁ、あの時の…)
藍 は唇を噛み、意を決したように顔を上げた。
「もちろん……ただの謝罪では足りないと思っています…なので…」
そう言うと、彼女は外套の留め具を外し、胸元をはだけた。
「ちょっと…何をなさっているのです…!」
包帯で固く締め上げられた白い肌が月光に照らされ、女の輪郭がはっきりと浮かび上がる。
ルシェルは思わず息を呑んだ。
「あなたは……」
藍 は視線を逸らし、囁くように言った。
「…ええ。私は女です。私は…藍家の一人娘として生まれました。璃州では女性が家督を継ぐことはできません。私は後継となるため、男として生きざるを得ませんでした」
ルシェルの胸に、鋭い痛みと共鳴が走った。
「藍様…無理して話さなくていいのですよ?」
「いいえ…どうか聞いて下さい」
藍は話を続けた。
「本当の私は、弱くて、臆病で……。けれど男の仮面をつけ続けるうちに、嫉妬や憎しみばかりが募って……。私は、生きていてもいいんだろうか…生まれてきたことに意味はあったのか…そんなことばかりを考えて生きてきました。そんな時、今回の光華祭で使節としてこの国に来ることになってーーあなたは一国の皇后として輝かしく生きておられました。そんなあなたが羨ましくて、妬ましくて…なぜこんなに不公平なのだと…腹立たしかったのです…。それで…あのような発言をしてしまいました…。あなたを困らせたかったのです…」
震える声に涙が混じる。
ルシェルは藍に静かに近づき、そっと彼女の手を取った。
「そう…。大事な秘密を教えてくれて、ありがとうございます。秘密を明かすのは、勇気が要ることだったでしょう…?あなたがこれまでどんな思いで生きてきたか、私には理解できるなんていうつもりはありません。それはあなたに失礼だと思うから…。だけど、あなたが女性か男性かということを、私は気にしていません。だって――あなたは、あなたでしょう?」
ルシェルが藍に微笑みかけ、さらに話を続ける。
「どうかご自分を否定しないでください。私もまた、皇后としての生き方しか知らないだけの…ただの人間です。あなたが私を羨ましく思う必要なんてないのです。あなたと私は同じ人間で、同じ女性で、そして互いにたくさん傷ついてきた。…ただ、それだけですよ。大丈夫です、私はあなたを許します」
深く見つめる瞳は揺るぎない。
その瞬間、藍の瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
押し殺してきた感情が堰を切ったように溢れ出す。
ルシェルは何も言わず、その肩を抱き寄せ、優しく囁いた。
藍はその胸に顔を埋め、泣き崩れた。
長い年月、男の名と仮面の下に隠し続けた”自分”という存在を、初めて肯定してくれる声を得たのだった。
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