辺境の宝珠 〜竜人の慈しみ子〜
幸まる
プロローグ
風の強い夜だった。
雨季にしては珍しく青白い月が見えていて、強風に流される雲が、時折薄く月光を遮る。
砦の執務室で書類作業をしていた辺境警備団の団長ディードは、ガタガタと鳴る窓に目を向ける。
「鍵の金具が緩んでいるようですね」
隣の机で書類を揃えていた副官のアイゼルが言った。
「ここもかなり古い造りだからな。この風が止んだら、明日にでも皆で点検に回ろう」
ディードはそう言いながら、鍵を閉め直そうと席を立って窓に近付いた。
窓から見える砦の外壁面近くで、何かが光った。
ディードは反射的に、側に立てかけてあった長剣を握って目を細めた。
そして、そっと窓を開ける。
「何です?」
ディードの様子に気付き、アイゼルも自分の剣を握って素早く近付いた。
窓を開けて入ってきた風は生暖かい。
「外壁の外で何かが光った気がするが……」
「外で? 難民でしょうか?」
砦の外壁より向こうは、平野を隔てて国境の“魔の森”だ。
国境近くのこの砦は、フルデルデ王国の辺境で、街道沿いでもないので普段は人の出入りはない。
魔の森への魔獣討伐を目的に、編成された兵達が通るくらいだ。
しかし、通常のルートで行き来しない、または出来ない者がやってくることがある。
例えば他国の難民だ。
そういう者は、昼よりも夜に動く傾向がある。
暫く見ていても、暗闇に光は見えない。
見間違いかとも思ったが、気になって、ディードは長剣を腰の革帯に掛けながら外へ出た。
アイゼルも後に続く。
朝と夕、日に二度だけ周辺警備のために開けられる門を夜勤の兵士に開けさせて、ディードとアイゼルは外壁の外に出た。
思った以上に風が強く、松明は危険だと判断して、ランタンに持ち替えた。
光が見えた方に外壁沿いを進む。
降り続いていた雨のせいで、足元は
何かが唸った声がした。
魔獣だろうか?
ディードは剣の柄を掴んで、ランタンを前方に掲げる。
瞬間、息を呑んだ。
ランタンの光に照らされたのは、小型の翼竜だった。
白い体躯を低く下ろし、深紅の瞳で下から睨み上げて威嚇している。
後方のアイゼルが気付いて前へ出ようとしたのを、ディードは小声で制止する。
「待て」
「ディード様?」
翼竜は動かず、低く唸ったままだ。
「……後ろに人がいる」
ディードの言葉に、アイゼルは目を凝らした。
翼竜の後ろ、確かに地面に倒れた人影がある。
ディードはランタンをそっと上に上げる。
光の届く範囲が広がって、翼竜の後ろまで明かりが伸びた。
そこには、銅色の長い髪を地面に散らして倒れている少女の姿があった。
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