三人の妃

第6話


後宮というところは、麗華が思っていたよりもうんと大きくて、うんと美しかった。庭や池には花が咲き乱れ、宮も、壁から建具から家具寝台に至るまで、贅を尽くされている。


麗華は初日に与えられた宮を見て、あんぐりと口を大きく開けたものだ。そんな麗華の田舎臭い仕草を女官たちが胡散臭そうな目で見ていたのを麗華は知っている。

ひそひそと、朱家も落ちたものだわ、とか、あの瞳では貰い手はあるまい、陛下の気まぐれに感謝しているだろうね、などと言われた。


花淑になりきるなら、もっと上品にして居なきゃ駄目だ、と思い、与えられた部屋で朱家で習ってきたことを復習したりした。その為、宮入りしてから三日間は与えられた部屋に閉じこもっていた。


その様子を見かねて声を掛けてくれたのが、女官の依林だった。依林はそれぞれの宮に居る妃は良い方ばかりですよ、と微笑んだ。


「まずはご挨拶からです、麗華さま。

今、後宮には三人の妃がいらっしゃいます。官吏である武郭さまのお嬢さまの美琪さまと、別の官吏の胡瑞博さまのお嬢さまの惠燕さま、それに五年前にいらっしゃった紫星羽さまです」


冷帝は政に熱心で、後宮に妃を入れることにあまり熱心ではないと言う。そういう中で後宮に召し上げられた人たちだから人格者ばかりだし、麗華も自信を持っていい、と依林に言われた。


「今丁度、美琪さまと惠燕 さまがご一緒にお茶をしていらっしゃいます。お二人とも仲が良くていらっしゃいますから、きっと麗華さまとも話が弾むと思います」


そう言って美琪の宮を一緒に訪れた。扉の向こうには二人の美女が居て、そのかんばせの美しさ、佇まい、身に着けるもの豪奢さに麗華は恐れおののいた。


(こ……、こんな美しい方たちがいらっしゃるのね……。流石の冷帝も、この方たちなら心を奪われるだろうな……)


「美琪さま、惠燕さま。この度後宮に上がられた朱麗華さまでございます。宮入りして三日が経ちましたが、身の回りが片付きましたので、先ずはご挨拶をと思い、訪問させて頂きました」


依林が淀みなく二人の妃に麗華を取り次ぐ。麗華は依林に続いてお辞儀をした。



「朱麗華と申します。武美琪さま、胡惠燕さまにはお初にお目にかかります。なにぶんこのようなところは初めてですので、至らぬところが多々ありましょうがよろしくお願いいたします」


美琪と惠燕は、まあ、ご挨拶ありがとう、と言って、麗華をお茶の席に呼んでくれた。丸机に一つ椅子を持ってこさせ、麗華を誘う。

麗華はありがとうございます、とお礼を述べて、席に着いた。


直ぐにお茶が運ばれてくる。可憐な模様の描かれた薄い磁器の器に薫り高いお茶が注がれる。高級な茶葉であることは直ぐに知れた。

欠けの入った茶器で薄くなったお茶を何時までも飲んでいた麗華には考えられないことだった。こんな贅沢を、この宮の人たちはしているのだ、と目を丸くする思いで見つめる。美琪と惠燕は麗華に話を向けた。


「皇帝陛下直々のお召し上げだったんですって?」


「あ、はい……」


「その翠の瞳がどう転ぶか、分からないものですわね」


どういう、意味だろう。黙っていると、美琪がこう言った。


「聞けば、捕虜同然の娘と結ばれた証とか」


「全くもって、奇異ですわね」


惠燕も続く。麗華は手元を見て、言葉を考えた。

自分の外見に関してはいろいろ言われてきて慣れてはいるが、やはりこういう言葉を面と向かって言われるのは気分のいいものではない。


「お目汚しでしたら申し訳ありませんでした。昔の武勲の証でして……」


「存じてますわ。それにしても、お父さまお母様は恥ずかしくなかったのかしら。お父さまはなんておっしゃっていたの?」


答えられない。だって、麗華が運よく陛下に気に入られることを望んで、お金を欲しがってるんだから。


黙っていると、惠燕が口を開く。


「朱家の算段も見えすぎですことよ」


「まあ、陛下がもの好きで良かったじゃありませんか」


二人の妃は微笑みの中から侮蔑の瞳で麗華を見た。明らかに嫌われている。出生も外見も、そしておそらく存在そのものも……。


そうだろうな。麗華だって、そう思っている。

麗華はあの少年からもらった鏡を収めた胸に手を当てた。あの子は自分の運命を探しに危険を顧みず、家に戻った。

麗華も、この後宮で運命を探したい。麗華の運命を探すなら、この人たちと仲良くすることは『違う』、と思う。もっと運命を前向きに回すことに繋げなければ。


麗華はぐっと奥歯を噛んで微笑みを作った。


「ご挨拶を兼ねて仲良くして頂ければと思っておりましたが、やはり私のような娘とお二方が交流するのはお二方にとっても歓迎されないご様子。今日は失礼させて頂きます」


そう言って席を立つと、先程潜った扉を潜って部屋を去る。花淑が言っていたように、後宮には花ばかりではなかったようだった。


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