平穏な暮らし

第2話



「老師、今日摘んできた薬草です」


麗華はそう言って、籠いっぱいに摘んできた薬草を干し網に並べて庭に干した。乾燥させたら薬箱に保管し、処方するときに薬碾(やくてん)ですりつぶして必要な薬草と調合して販売する。


「ありがとうよ、麗華。じゃあ、桂枝湯芍薬を調合してくれんか。前のお客さんで甘草を切らしてしまっていたんだよ」


「はあい」


麗華は返事をして作業台に向かった。


麗華が世話になっている老師は星読みで薬売りだ。若い頃は星読みだけで生計を立てていたらしいが、そのうちにこの詞華国に内乱が起こり、傷付いた兵士に薬草を塗ってやったら大層喜ばれたとかで、それ以来薬も作るようになったそうだ。


その時は主に外用薬を調合していたらしいが、内乱が収まって世が平和になった頃合いに、人から預かった麗華に老師が教えた星読みで老師の星を読ませたら、「この先老師の星に追随する吉星が出てくる。それが老師と麗華を助ける星になる」と出て、それ以来人の『未来』を占う星読みの仕事の傍ら、人を『今』内面から助ける薬売りの仕事を始めた。


今思えば、子供の麗華に自分の人生を読ませて信じてくれた老師は懐が深い。はじめは内服薬の薬草も手探りで集め始めて上手くいかないこともあった。それなのに老師は麗華を責めたりせずに、むしろ星を読むときにはこうするんだよ、と言って、星読みのコツを教えてくれたりした。


時には自分に近しい星読みの客の仕事を麗華にやらせたりしてくれた。麗華も老師に教えてもらったように、上手く読めなさそうなときはその人に近い持ち物や、時には遺品に手で触れて、その物からさえもその人の星の巡りを読むことを心掛けて来た。


薬草の調合は、どの店でも同じ調合のものもあれば、店ごとにまったく秘密の調合をしているものもあり、老師の店では今では薬の種類を増やし、手広く人々を癒す薬を作っている。

麗華が忙しい老師の代わりに遠くまで薬草を取りに行けるようになったので、結果として老師の薬目当てで店に来る人には星読みを、星読み目当てで来る人には薬を勧めることが出来て商売上々だった。



そんなわけで、麗華が集める薬草の種類は沢山だ。小连翘(おとぎりそう)や艾蒿(よもぎ)等の外傷に利く薬草から、五加皮(うこぎ)や猪牙花(かたくり)等の病気に利く薬草まで多種多様だ。


桂皮(けいひ)や大棗(たいそう)などの必要な生薬をすりつぶして配合する。一包ずつ三日分を作り上げると店先に居た老師に手渡す。


「あら、礼賛さん。この前風邪が治ったと思ったら、今度はお腹?」


麗華が笑うと、客の礼賛は苦笑いした。


「全く、年寄りは嫌だね。年がら年中、どっかがおかしいんだから。

麗華も若いうちに恋愛でも旅行でも、自由奔放にやったらいいさ。何せ今の冷帝の時代になってから平穏で自由が利くようになった。

あたしが若い頃は辺境も都近辺も諸侯同士の争いであたしら平民は気の落ち着く暇がなかったからね。今年も森の草原の木の洞には行ったのかい?」


礼賛の愚痴にふふ、と微笑みながらも、麗華は「行ったんですけど、やっぱり会えませんでした」と伝えた。


「そうかい。麗華にもいい恋の相手が見つかると良いのにねえ」


礼賛はそう言ったが、そんなことは無理だろうなと考える。何せこの見た目だ。幼い頃から住んでいるこの町の人たちは慣れてしまっているけど、この目の色を見たら、たいていの人は驚いてぎょっとした顔をする。


冷帝は世の中を統制する代わりに、悪に対してめっぽう厳しい人だと聞く。前の皇帝の時代に悪官吏が蔓延った所為で、世が移った時に何十人何百人と処刑されたと聞いている。

穏やかに暮らしていれば平和な世の中だけど、少しでも悪いことをすれば、たちまち牢に繋がれ、首をはねられると言われていて、恐怖政治がものを言っていた。


その一方で、平和になった世の中では噂話は瞬く間に広がる。麗華の目のことも老師が預かってくれた頃は化け物を見るような目つきだったと、常連のお客から聞いたことがある。


(……そう言えば、あの時の子は私を見ても驚かなかったな。まあ、木の洞の中で、ろくに色も分からなかったんだろうけど)


五年ほど前のことを思い出す。あんなに狭い場所で顔が間近にあったのに、あの少年は麗華の翠の瞳の色のことを何にも言わなかった。

それだけ、追手と怪我に気を取られていたんだろう。あの少年は果たして無事だっただろうか、とふと思い出した。


(よくもまあ、あの時習いたての読みで星読みをしようとしたもんだわ、私も……。今ならもっと良く読んであげられると思うのに)


その思いが、今の麗華の星読みの練習の根幹にある。麗華はあの頃より格段に上手く読めるようになっていて、だから、今あの子の星を読んだらどんな星が出るだろうと思っていた。


今年も会えなかった彼のことを思い出してそう振り返っていると、店先から、失礼する、と男性の声が掛かった。礼賛は、おやお客だね、と言って去って行く。でもその男性は薬のお客ではないのだ。

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