第39話 ステラの全て sideユリウス
sideユリウス
俺の前からステラが消えた。
一緒に寝ていたステラの異変に気付き、声をかけたがその時にはもう遅かった。
ステラが消えたあの夜からもう三ヶ月が経つ。
最後にステラが目撃されたのはマルナの街の奥にあるルーワの森だ。
そこでロイ殿下はステラを見失ってしまったらしい。
ステラは今どこにいるのだろうか。
俺の目の前から消えた日、ステラは吐血していた。
そしてロイ殿下もステラの吐血を見たらしい。
ステラは何か病気を患っているのかもしれない。
そんな状態の彼女を今も保護できず、毎日焦りだけが募る。
ステラが消えて深く眠れなくなってしまった俺は毎日毎日夢を見た。
俺の手の届く場所で、はつらつと笑うステラ。
愛らしく愛おしい存在にいつも幸せを感じるが、いつもそれは突然終わる。
ステラが急にその場で吐血をし始めるからだ。
『助けて、ユリウス』
苦しそうに何度も何度も吐血をするステラを俺はただ見ていることしかできない。
どうにかしてやろうと近づこうとすれば、その存在は霧のように消える。
そしてまた俺の手の届かないところで何度も何度も繰り返し吐血をするのだ。
そんな悪夢を俺はもう何十回と見ていた。
あの悪夢のようにステラが今もどこかで1人で苦しんでいるのではないかと思うと、今の状況がもどかしくてもどかしくて仕方がなかった。
「それでユリウス、驚かないで聞いて欲しいのだけど」
テーブルを挟んだ向こう側のソファに深く腰掛け、真剣な眼差しをこちらに向けるロイ殿下が、こちらの様子を窺うように口を開く。
俺は今、ステラ捜索の進捗をロイ殿下と確認し合う為に、宮殿のロイ殿下の執務室へと来ていた。
「まずは僕の婚約者、リタについてだが、あれには影武者がいた。そしてその影武者の正体がステラだ」
「は?」
突然、訳のわからないことを口にしたロイ殿下に俺は思わず、間の抜けた声を出す。
状況が飲み込めない。
「…ステラは12歳の子どもです。対するリタ嬢は18歳の大人だ。12歳の子どもがどうやってリタ嬢の影武者をするのですか。仮に魔法薬を使ったとしてもステラは幼いリタ嬢になることしかできないはずです。年齢を変える魔法薬などこの世には存在しませんから」
自分で今ロイ殿下に言われたことを改めて整理し、やはり、ロイ殿下が言ったことはおかしいと認識する。
どう考えてもロイ殿下の言っていることは不可能なことなのだ。
「その〝年齢を変える〟魔法薬があったとしたら?」
「…あるのですか」
「ああ。帝国一の魔法使いキースがそれを作ったんだよ。副作用を伴うまだまだ未熟なものだったけどね」
「…」
ふわりとこちらに微笑むロイ殿下を俺はじっと見つめる。
いつもと変わらぬ余裕を感じさせるその表情はどこか真剣で、嘘をついているようには見えなかった。
「正確には〝体の時間を戻す〟魔法薬をステラは飲んでいたんだ。本来のステラの年齢は19歳、リタの影武者もできる年齢だ。リタは魔法薬の力によって、僕たちの前では12歳の姿だったんだよ」
ロイ殿下の説明をとりあえず聞き入れた俺の中から新たな疑問が湧く。
ステラがリタ嬢の影武者だったことはわかった。
〝体の時間を戻す〟魔法薬を飲み、12歳の姿になっていたこともわかった。
だが、何故、ステラは12歳の姿になることを望んだのか。
そこまで考えて、俺はステラと初めて出会った日のことを思い出した。
ロイ殿下とリタ嬢の婚約式の夜。
三日月が浮かぶ濃紺の空の下。美しい宮殿の中庭で隠れるように倒れていたステラの横腹には刺し傷があった。
ステラはあの時、誰かに命を狙われ、相手の目をくらます為に、12歳の姿になることを選んだのではないか。
「…ステラは最初から訳ありの子どもでした。何者かに命を狙われている状況のようでした。ロイ殿下は何かステラについてご存じなのですか」
「ああ。全て調べたからね」
大切な存在の命に関わる問題。
それを知らないままでいいはずがない。
答えを求め、ロイ殿下を真剣な眼差しで見つめ続けると、ロイ殿下はそんな俺にゆっくりと口を開いた。
「まずはステラの置かれている状況から詳しく説明しようか」
そしてロイ殿下は自身が知り得たステラの全てを俺に話始めた。
*****
「と、言う訳だ。だからこそステラは逃げなければならなかったし、魔法薬を飲んだんだよ」
わかりやすく全てを話し終えたロイ殿下は、机に置かれていたカップを手に取り口を付けた。
ロイ殿下から語られたステラの話はどれも信じ難い話だった。
ステラは孤児院出身で11歳という幼さでルードヴィング伯爵に買われ、契約をしたこと。
契約内容としてリタ嬢の影武者を務め、あの完璧なリタ嬢を作り上げていたこと。
ロイ殿下の婚約者の座を得ることが契約満了の条件であったこと。
そして契約満了した夜、ルードヴィング伯爵に裏切られ、殺されそうになり、あの魔法薬を口にしたこと。
ロイ殿下の話はどれも信じ難い話だったが、それでも俺は納得してしまった。
ステラを側で見てきたからこそ、納得できる所がたくさんあったからだ。
完璧なリタ嬢の影武者をしていたからこそ、貴族の礼儀作法等も難なくこなせていたし、剣術の腕も目を見張るものがあった。
いつもどこかでステラのことを聡明だったリタ嬢と重ねて見てしまっていたが、それもリタ嬢の影武者だったからだろう。
またフランドル邸から出たがっていた理由もわかった。
ステラはフランドル邸から出ようとしていたのではなく、ルードヴィング伯爵に見つからない場所へと逃げようとしていたのだ。
「…ステラを早く見つけなければなりませんね」
「そうだね」
俺の言葉にロイ殿下も頷く。
どの道ステラが危険に晒されているということは間違いない。
子どもだろうと大人だろうとステラはステラだ。
大切な存在であることに変わりはない。
ここからずっと遠くへ逃げていたとしても、ステラは幸せにはなれない。
フランドル邸で何不自由なく安全に生きることこそ、ステラの幸せに繋がるはずだ。
「ステラの捜索だが、僕はルードヴィング伯爵の周りも徹底的に調べた方がいいと考えている。それからステラの今後の安全の為にもルードヴィング伯爵を早く捕えた方がいいだろう。その為にはいろいろな書類や証拠が必要になってくる。そこでユリウス。君の力を貸して欲しいんだ」
「ステラの為でしたらいくらでも力をお貸します」
「そう言うだろうと思ったよ。では、今後のことについて話し合おうか」
俺の返事を聞いて、ロイ殿下が不敵に笑う。
こうして俺たちはステラを探し出し、ステラの今後の為にも必要なことについての話し合いを始めた。
そしてこの話し合いは何時間にも渡り行われた。
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