第3話 噂を辿りて
翌日、レイミアは文献を読むのもそこそこに街へと出かけていった。コロセアムの近くは寄らない方がいい、と聞いたので、まずは情報を集めてから考えようと決めた。よくよく街を見てみれば、闘技会の張り紙はいたるところに張り出されていた。主催者の張った案内の紙から、賭けの対象を張り出した紙、様々である。
レイミアは出場者の一覧が書かれている張り紙を見つけ、近寄って読んでみた。
「『決勝戦進出者、6名』……シャルヴィムさんの名前は無いわ。でも……偽名を使っていたら?」
張り紙には見たことも聞いたことも無い名前だけが羅列されている。レイミアはその張り紙から離れて、街を進んでいく。店の中をのぞいているようなそぶりで、街中にいる人たちの話を聞く、が思うように情報は得られない。
仕方なく休憩がてら近くにあったレストランに入り、お茶を頼むことにした。レストランは大通りに向かって大きく開かれた店構えになっており、道行く人を眺めることが出来る。レイミアは出来るだけ外に近い席に座り、人々の流れを見ていた。
そしてしばらくして穏やかな湯気のたつお茶がテーブルに置かれる。レイミアは一礼すると、今度は店内を見回した。レイミアと同じように1人でお茶を飲んでいる人もいれば、遅めの昼食をとる人もいる。レイミアの傍には荒々しそうな男性が2人真剣に話をしながら料理をゆっくりとつついていた。
少しだけ顔をしかめてからレイミアは再び店の外に目をやる。
(……本当に、どうしたらいいのかしら)
道行く人の中にシャルヴィムの姿は見つけられない。
「……それで?お前はやっぱりそっちに賭けるのか」
「大穴狙いだ。いくら過去に何度か勝っている奴だって勝てないときぐらいあるさ。それが今回だ、と賭けたってわけだ」
レイミアの耳に男性の会話が飛び込んでくる。どうやら闘技会の賭けの話のようだ。不意にその話に注意がもって行かれる。
「俺はやっぱり奴に賭けるね。配当金は少ないだろうが安全だ」
「それじゃ賭けの醍醐味は無いじゃないか、つまらん」
と、男二人は笑う。
「いやしかし、今までの試合を見てきたが勝てない時があるのかってぐらいの勢いだぜ?」
「確かに今までの試合は凄かったな。特に予選の最終試合!あの素早さには度肝を抜かれた」
「いい動きをしていたよな、さすが『黒狼』の異名を取るだけある」
その名前を聞いてレイミアの鼓動が一気に跳ね上がる。
(……シャルヴィムさんなの?それとも別人?)
そんなレイミアの焦りも知らず男達は話し続ける。
「全身黒尽くめで素性が知れないってのは怪しいがな」
「名前はなんて言うんだっけね?」
「カイラス、とか言ったか。だが本当かどうかはわからんさ」
そこへレストランの店員が男達のテーブルに料理を置きに来た。店員は料理を置いたついでに男達に話しかける。
「なんだ、『黒狼』の話か。最近は賭けをしている奴らはみんなその話ばっかりだ!」
「そうなのか!おい、何か情報は無いか?」
男達は嬉しそうに話しかけてきた店員に聞く。
「噂ばかりで確かな情報ってのは無いが……まぁ、暗殺の仕事をしていたとか、強くなる薬を飲んでいるとか、あとは本当に狼なんじゃないかっていうトンデモ話ぐらいだね」
と、店員は笑う。その話に男達も笑った。
「みんなそんなものか」
「それだけ謎だっていうのもおかしな話だが。しかしなんだって急に奴はクランブルクに帰ってきたのかね……聞けば3回は優勝していると聞く。それがここ数年は姿を見せていなかったのに」
「どうせ金でも無くなったんだろ!」
「大金を賭けでやっちまったか?それとも女に貢いでしまったか?借金でどうにもならねぇとか?」
店内に低い笑い声が響く。レイミアはそれを苦いものでも飲んだかのような顔でじっと聞いていた。
(なんて下品な……ああでもこんな人たちがコロセアムにたくさんいるのよね?)
確かに危険だわ、とレイミアはぎゅっと自分の腕を抱きしめる。
(でも気になる……聞けば聞くほどにシャルヴィムさんじゃないかって考えてしまう)
「奴の試合はいつだ?」
「明日の昼だ。早めに行かないといい場所で見れないからな」
「そうだろうね、賭け以上に『黒狼』の強さを見たいって人も多いだろうから。賭けをしていない人も多いんじゃないか?」
「尚更場所取りが重要だな、お前取っといてくれよ」
「何いってんだ、俺は明日ギリギリまで仕事が入ってるんだ。お得意様だからこれは断れん」
男達の楽しそうな会話は、レイミアにとって胸に石を沈めるようなものばかりであったが、情報を得ることは出来た。一言一言が大声で叫ばれているように感じ、頭に刻まれていく。
(……明日の昼、しかも賭けをしている人も多いかもしれない……行くしかないわ)
喧騒の中、レイミアは決意を固めたのであった。
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