17話 来訪者

 セシリアさんとの訓練を始めて数日が経った。


 僕は学校が終わるとグローリア家(別邸)の地下で、ひたすら魔力弾を打ち込む。


 打ち込むことに、打ち込む。


……うん。


 魔力が枯渇するまで魔力弾をひたすら放ち、減ってから速射の訓練が始まるという、まぁ根性の試される訓練だった。


 最初のうちは訓練が終わると全身が鉛みたいに重くて歩くのも億劫になるほどの疲労に襲われたが、今ではそれも日常の一部になりつつある。


 愚直な反復練習とセシリアさんの指導は、明らかに僕の魔力を洗練されたものにしていた。


 だが──。


「ここのところ頭打ちですね」


 訓練を始めて10日程経ち、疲労感こそ減った。


 魔力がそこそこ残っている状態でも3つくらいなら的を連続で撃ち抜くことだってできるようになっている。


──だが、その程度だ。


 セシリアさんの精度と速度には遠く及ばないし、4つ以上連続で撃つと急に精度が下がる。


 伸び悩みを感じていた。


「少し早いですが、今日はここで切り上げましょうか」


「……はい。」


 多少の疲労感とそこそこの無力感を抱えて帰路に就いた。


◇◆


「やぁ、レイ君」


 研究室の扉を開けると、緑髪のイケメンがソファに腰掛けていた。


「は?」


 苦虫を噛み潰したような顔で僕の方を見るアンで、何となく状況を察する。


……押しかけてきたのか。


「先日ぶりだね」


 そう言って笑うレオネルさんは、相変わらず何を考えているのかわからない表情で僕の方をジッと見ていた。


 いつも堂々として傍若無人なアンも、どうやら彼とは相性が悪いらしい。


「存在を匂わせることも駄目」と言っていたくらいだ。過去に何かあったのだろう。


「レイ君はどうしてここに?」


「えっと……先生からの伝言を預かったので、それをアン先輩に」


 咄嗟に、嘘を吐く。


 優秀だというレオネル先輩のことだ。もし僕とアンが繋がっていると知れば、僅かな情報から僕の秘密を暴いてしまうかもしれない。


「ふぅん……」


 納得したのか、はたまた追求を諦めただけなのか、レオネル先輩はそう呟いて立ち上がる。


「じゃ、また来るね」


「私の研究室が穢れるから来ないでください」


「あはは、つれないな。君がワガママを通せる立場なのは分かるけど、別にこの国だって余裕があるワケじゃぁないんだ。軍はいつでも君を待ってる」


「でーてーけ」


 レオネル先輩は最後に意味深なことを言い残して研究室から出ていった。



「軍?」


「スカウト。私の力を貸せって」


 2人になった研究室で、大きく息を吐きながらアンがソファに深く腰掛ける。


「で、今日は早かったね。お陰様で大ピンチだったけど」


「ごめん、まさかレオネル先輩が来てるとは思わなくて」


 恨みがましく言うアンに軽く頭を下げる。


「ちょっと、上手くいかなくてさ」


「あれ、そうなんだ。完璧超人のセシリア会長も人に教えるのは下手なのかな?」


 ソファで寝ながら手をグッと天井に向けて伸ばしながらそう言うアンは、妙に嬉しそうだった。


「ふーん、へぇー?そぉ」


「んだよ」


「レイって存在そのものがイレギュラーなのに一般論で教えてるセシリアが面白くてね」


「……ん?」


「普通の人なら、セシリアのやり方で反復練習すれば上手くなるわ。数年間かけて少しずつ、ね」


 それは、その通りなのだろう。だからこそ魔撃は1年生での入賞者が少なく、高難度な上に不人気な種目なのだ。


「でも、もう練習期間は1ヶ月くらいしかない。じゃあやり方を変えるしかなくない?」


「……理屈は分かるけど、実践できるかは別じゃない?」


「できる。」


 アンは起き上がり、僕の目を見てハッキリと言った。


「ちょっとズルい手は使うけどね」


「ズルい手?」


 聞き返すと、アンはフフンと楽しげに鼻を鳴らす。


。これだけよ」


「見る?」


 重ねて聞き返す僕に、アンはソファから身を乗り出して真剣な表情で言う。


「アンタの眼、私と同じ色してるよね」


 僕の顔をまっすぐに見つめる大きな瞳は綺麗な琥珀色で、確かに僕のそれと同じ色をしている。


 僕が頷くと、アンは小さく笑う。


「私の眼は魔力が見える。レイもそうでしょ?」


 もう一度、無言で頷く。


「目に見えるものがすべてじゃない。魔撃の的だって、魔法を使って生成されてる。魔力が集まって、形を成すの。その揺らぎを見極めなさい」


──目から鱗だった。


 的を射抜く競技として考えていたからこそ、狙いは的に定めていた。


 的が、現れる前に狙う。


「できるのか?そんなことが」


「できる。私にもできたんだから」


 アンは断言するように言って、またソファに沈み込んだ。


「私にもできた……ってことは」


「出たんだよ、2年前ね」


 アンは面倒くさそうに片手で顔を覆いながらそう言った。


「レオネルが優勝した年だよ」


 彼女はそこで言葉を区切ると、忌々しそうに天井を睨む。


 レオネル先輩のことが本当に嫌いらしい。


「まぁ、とにかく。あんたの目にはんだから、それを活かさないと損でしょ。それが、アンタのズルい手。私からのプレゼントよ」


 アンは、少し茶化すようにニヤリと笑った。


「やってみる価値は、あると思わない?」


 僕は固く拳を握りしめた。


「……やってみる」


 これは、セシリアさんには考えられない、アンと僕の理外の戦法だ。


「よし、決まり!あとは任せるから、ちゃんと結果出してよね」


 アンは満足そうに頷き、再びソファに寝そべった。


 軽い疲労こそ残っていたが、心は高揚していた。


 明日からの訓練が、待ち遠しくすら思えた。

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