12話 魔力弾
翌日の放課後、指定された第2実習場にセシリアさんと向かうと、思ったより人が集まっていた。
土がむき出しのグラウンドには、訓練用の木製の的や藁人形が無造作に置かれている。
その一角には、魔法の試し撃ちでもするのだろうか、傷だらけの分厚い岩も据え付けられていた。
そして、そのグラウンドの端、木陰になっているあたりに、10人ほどの生徒らしき人影が集まっているのが見えた。皆一様にこちらを見ている。
「結構居ますね」
僕が呟くと、セシリアさんは肩を竦めた。
「生徒会が実習場を貸し切った、なんて聞けば物好きな人も集まりますから。気にしないで」
そうは言っても、彼らの視線は心地よいものではない。
好奇、訝しみ、中には明らかな侮蔑の視線も混ざっている。
遠目にだが、特徴的な緑色の髪も確認できた。ゼオンだろう。
「では、始めましょうか」
セシリアさんは周囲を気にする様子もなく、グラウンドの中央へと歩き出した。
その淀みのない足取りと、纏う空気は、やはり生徒会長という肩書以上に何か只ならぬものを感じさせる。
僕も続いてグラウンドに入る。野次馬たちのざわめきが、少しだけ大きくなったように感じた。
……アイツ誰やねん、てところか?
「魔撃はシンプルな競技です。魔力を集約し、標的に向かって放つ。重要なのは、魔力操作の精密さと速度です」
セシリアさんは、グラウンドに置かれた一つの的を指差した。レイの身長ほどの、頑丈そうな木製の的だ。
「まずは、ウォーミングアップです。あの的に向かって、魔力弾を放ってみてください。威力は問いません。魔力を『形にする』感覚を掴みましょう」
「
「おす?」
妙な相槌に首を傾げるセシリアさんの横で、的に向かって手を掲げる。
「あの、杖は……?」
「すいません、持ってなくて」
セシリアさんは「難しければ私の杖を貸しますから」と言ってくれるが、恐れ多くて使えるわけがない。
……使うなら実習場の入り口に何本も置いてあったレンタルのを使おう。
そんなことを考えながら、体の内部に意識を集中させる。
不思議なものだ。血流だとかリンパだとかを感じたことはないのに、魔力が全身を巡る感覚は確かに分かる。
ふと、アンの「人を殺すための力」という言葉が脳裏によぎる。
制御できなければ、本当に人を殺すだけの力だ。
──僕は、この力を完全に制御下に置く。
そう決意して魔力の流れを絞る。
絞った魔力を手に集中させる。
そして、放つ。
掌から魔力が放たれる感覚。
しかし、それはあの時のように赤い光を放つこともなく、ボンヤリとした黄色い光がフヨフヨと空中を漂い、手前で消失した。
「あ、あれ?」
予想外の結果に呆然とする。
的どころか、5メートル進んだかも怪しい。
初めて岩を砕いた時は、もっと、こう……
「ふむ」
セシリアさんが顎に手を当てて、何かを観察するように僕の手や魔力弾とも言えない何かが通った軌跡を見ている。
周囲から、微かなざわめきと失笑、嘲笑が聞こえた。
「入賞できないとか、そんな話じゃねぇな。的に届きもしないんじゃ、勝負にすらなんねぇよ」
木陰の方から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
ゼオン君だ。
至極真っ当過ぎる指摘に、反論の余地もない。
「もう少し細くしてみたらいいと思うわ。魔力の量は充分だったから」
セシリアさんが、そんな事を言った。
「細く?」
「ええ、今の失敗は魔力が拡散し過ぎているのが原因よ。魔力弾そのものを細く……そうね、槍のようなイメージで放ってみなさい」
槍。
貫くイメージだろうか。
そう考えてもう一度魔力を練る。
的に掌を向けて、練った魔力を手に集中させる。
槍……槍???
あまりイメージは湧かない。
細く、鋭く、貫く。
「あっ」
ただの思い付きだった。
掌を握り、人さし指だけを的の方に向け、手をピストルの形にした。
その人差し指の先端に魔力を集めるイメージ。
集める魔力の量は、さっきより少しだけ増やしてやる。
……なんか
そして、魔力弾を放った。
大きさこそ小さいが、鮮烈な赤い閃光を纏った魔力弾が指先から高速で的に向かって飛ぶ。
……やったか!?
魔力弾が的に命中し、的が砕け散った。
──しかし、魔力弾の威力は衰えなかった。
的を貫通したそれは猛然と野次馬の方へ突き進む。
「危ないッ!」
セシリアさんの鋭い声がした。
彼女は目にも留まらない反応速度で杖を構え、魔法を発動しようとする
が
それは、彼女よりも速かった。
パァンッ!という破裂音が響き、赤い閃光が消え失せた。
大きな衝撃に空気が震え、土煙が舞い上がる。
僕は、何が起こったか理解できずに呆然と立ち尽くしていた。
緊張と安堵で心臓がうるさく鳴っている。
実習場は恐怖と驚愕で、奇妙な沈黙に包まれていた。
徐々に晴れていく土煙の中に、青年が1人立っていた。
野次馬達の視線は、その殆どが彼に向けられている。
短くサッパリした特徴的な緑色の髪、鍛えられた体躯、端正な顔立ち。絵に描いたような好青年だ。
彼は静まり返った実習場のグラウンドを歩き、セシリアさんの肩をポンと叩く。
「いい判断だ。オレが居なくても間に合ってたよ」
その口調に嫌味っぽさは一分も感じられず、それは事実なんだろうなと思わせる説得力すら感じる。
彼の足取りや眼差しからは、確かな実力と自信が伝わってくるようだ。
「……兄貴。」
野次馬の中から、聞き覚えのある声が聞こえた。
青年は僕の前まで来ると、少し屈んで耳元にそっと囁いた。
その声は穏やかだが、有無を言わせぬ威圧感すら感じさせるものだった。
「君、何者?」
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