10話 学長の真意

 セシリアさんの静かな足音に合わせ、僕は学長室へ向かっていた。


 中央棟の最上階に近づくにつれて少しの緊張が全身を巡る。


 思えば、前回ここに来た時は怒涛のイベントラッシュで、緊張なんて感じる暇さえ無かったな。


 そんなことを、重厚な学長室の扉の前で考える。


 コン、コン、コンと扉を叩くセシリアさんの所作は最早もはや、ノックにすら品性を感じるほどだ。


「入りなさい」


 と、幾日かぶりの学長の声が聞こえるとセシリアさんが扉を開いた。


 光が差し込む広々とした部屋、壁一面に並ぶ書物や魔法具、そして部屋の中央に座る白髪白髭の学長。


 前回来た時と殆ど変わらない光景の筈だが、どこか懐かしさすら感じた。


「ルシアン君から来ると聞いて待っておったよ。セシリア君、案内ありがとう」


 学長がそう言うとセシリアさんは僕の斜め後ろに一歩下がり、その役目が終わったことを示すように、静かに一礼する。


「お久しぶりですルーンヴァルト学長。彼が学長と相談したいことがあるとのことで、案内した次第です」


 セシリアさんは淡々とそう告げ、「では、私はこれで」と、身をひるがえした。


 自分の仕事を淡々とこなし、無用の深入りはしない。


 彼女らしい迅速で的確な判断だ。流石に生徒会長は伊達ではない。


 そんなことを考えながらセシリアさんに頭を下げて見送──ろうとしたのだが、


「忙しくなければセシリア君にも同席してもらいたいのじゃが、どうかの?」


 彼女が数歩進んだところで、突然学長の声が響いた。


 僕は思わず学長の方を見る。


 自分で言う事ではないかもしれないが、僕はこの国においてとされる存在だ。


 ましてや、今から学長に相談しようとしていたことは僕に刻まれた術式に関係していること。


 生徒会長とは言え、外部の人間に聞かせてしまって大丈夫なのだろうか?


 セシリアさんはと言うと、振り返って学長の方に向き直り、ただ「かしこまりました」と一礼した。


「レイ君、彼女はじゃ」


 僕の感情が顔に出ていたのか、それとも学長の鋭い洞察力故か、僕の困惑は見抜かれてしまっていたらしい。


 学長は髭を撫でながら、優しく言った。


「彼女はこの学院の生徒会長であり、生徒代表という立場じゃ。レイ君のような特殊な事例に於いては、生徒側にも事情を知る者がおった方が緊急の場合も対処し易いのじゃよ」


 それだけではない、と学長は続ける。


「セシリア君は【王国の盾】とも呼ばれる、高名なグローリア家の娘でもある。誇り高きグローリア本家の信頼を裏切るような真似は、セシリア君に限ってありえん」


 断言するように言い切る学長。


……これ、ある意味脅しだよな。


 そう思ってセシリアさんの方をチラッと見やるが、ここまで直接的にプレッシャーをかけられても、彼女は学長の方をまっすぐ見て、その表情には揺らぎの1つも無い。


 どうやら僕が思っていた以上に、セシリアさんは凄い人らしい。


 僕の胸中にあった困惑も、いつの間にか薄らいでいた。


 そんな僕の様子を見てか、学長は静かに頷いた。


「では、本題に移ろうかのう。何か相談があるようじゃが?」


 全てを見透かすような学長の目に、改めて緊張が走る。


 寧ろ、学長は僕がここに来た理由を既に知っていて、確認するためだけに質問しているんじゃぁないのか。とも思えた。


「はい、単刀直入に申し上げますと……魔育祭の、魔撃競技に出場したいと考えています」


 学長の眉がピクリと動く。


「それに伴い、私の身体に刻まれている術式の使用許可をいいただきたく、その相談に参りました」


 緊張で声が少しだけ震えた。


 隣から、「何を言っているんだろう」といった様子のセシリアさんの視線を感じる。


 僕の言葉を黙って聞いていた学長が、ゆっくりと口を開く。


「うむ、許可する。」

「危険なのは重々承知です。しかし、……今、何と?」


 反射的に食い下がろうとして、許可が降りたことに気付く。


 余りにもアッサリとした回答に、逆に困惑する。聞こえていなかったのではなく、意図が汲めなかったための疑問だった。


「あの……話が見えてこないのですが」


 僕より困惑していそうな人が、隣に居た。


 確かに、「同席しろ」と言われて従ってみたは良いが、話の内容がでは何がなんだか、といった感じだろう。


 対して学長は困惑する僕達を見て、ふっと口元に笑みを浮かべた。


 歳不相応にイタズラっぽく笑う学長は、まるで「全て計算通り」とでも言いたげに満足そうな表情をしていた。


「レイ君、君は人体錬成によって生まれた極めて特殊な存在じゃ。その全貌はワシにも、掴みきれん。……じゃが、君に刻まれた術式は別じゃよ。それらなら、ワシにもある程度把握できておる」


 セシリアさんが僕と学長の顔を見比べる。冗談を言っているつもりは無いが、彼女にとってはまさに冗談みたいな会話に聞こえていることだろう。


……冷静に考えて、「人体錬成で生まれたって」第三者目線だとワケわかんないもんな。


「中でも魔力制御の補助をする術式は特殊での、その術式だけは常に発動し続けている。と考えてよいじゃろう」


 常に……?ゲームで言う、パッシブスキルみたいなものだろうか?


 学長は更に続ける。


「つまり君は、これから学院で魔法を学ぶにつれ、この術式の干渉を否応なしに受けることになる。早い段階でこの術式の制御を学んでおくことには意味があるのじゃよ」


 そこまで聞いてやっと学長の真意が伝わり、伝わったからこそ愕然がくぜんとする。


 つまりこの爺さんは魔育祭関係なしに、最初から、この術式を制御させるための訓練をさせるつもりだったのだ。


「ある程度の衆人環視の中で、君の力を試す絶好の機会にもなるしのう」


 と、学長は笑って付け加えた。


 まるで僕が魔撃に出場することを読んでいたかのような用意周到さに若干の気味悪さすら感じた。

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