フシミハート
海野鯱
プロローグ
陳腐なお伽話
昔々、あるところに一人の化け物が生まれました。
化け物には母もなく、父もありません。
どこから生まれたのかもわかりません。
化け物が知っていることはたった二つだけでした。
一つ、不死身であること。
一つ、彼を殺せるのは彼が好いた者だけであること。
化け物は長い長い時間の中、何度も何度も殺され、何度も何度も生き返りました。
終わらない生の中、なぜ自分は生まれたのかと不思議に思いながら、化け物はただ生きていました。
そんなある日、化け物に転機が訪れます。
不思議な術を使う者たちに捕まり、彼らの屋敷で『彼女』に出会ったのです。
彼女は『化け物』である彼に臆することがありませんでした。
自分はただ生きているだけだと言った化け物に、彼女はただ一言「つまらない」と言いました。
不自由であることを決めたのはあなただ。自由を見ないふりしているのはあなただ。逃げているばかりなんてつまらない、と続けました。
化け物は彼女と過ごすようになりました。
彼女もお茶菓子を振る舞い、化け物が来るのを歓迎してくれました。
同じく屋敷に囲われていたはずの彼女は、なぜかもの知りでした。化け物は彼女から多くのことを学びます。
いつしか化け物は、彼女のことを綺麗だと思うようになりました。そして彼女に向ける感情が『恋』であると、これもやはり彼女から学びました。
その屋敷には不思議な女がいました。化け物自身のことについて、化け物よりも詳しい女です。
女は化け物に言いました。
「女は間も無く死ぬ。お前も女と死にたいか?」
化け物は頷きます。意味もなく生きているのであれば、初めて知った感情を抱えて死にたいと思いました。
女はさらに化け物に言いました。
「私がお前の心臓を取り出す。彼女に心臓を突き刺してもらえ。そうすればお前は死ぬことができる」
化け物は女の言う通りにしました。
謎の模様が書かれた地面に寝転がり、これでようやく死ぬことができると満足しました。
目が覚めたとき、化け物は山の中にいました。違和感を覚え体を調べると、胸に何かが埋め込まれています。化け物は何度も何度も死にかけながら捕まっていた屋敷を目指しました。
やっとの思いで屋敷に辿り着くも、不思議な女はいませんでした。ならば彼女に会わせてくれと泣きつくと、彼女は死んだと告げられます。
絶望した化け物は、屋敷の前で崩れ落ちました。
地面を掻き、叫び、ならば殺してくれと門兵に縋りました。
そんな化け物の肩に、手が置かれます。
男は不思議な女の弟であると言いました。女は消え、今は彼がこの屋敷の主人となっていました。
化け物の様子に心を動かされたらしい男は屋敷に化け物を招き、彼女と会わせてくれました。
彼女は死にかけでした。
雑音混じりの呼吸の合間で、彼女は手を伸ばして化け物の手を握りました。
「会えてよかった」と彼女は言いました。
「次はあなたと生きたい」とも言いました。
化け物は両目からぼたぼたと涙を流して、初めて死ねない体を恨みました。彼女のいない世界で生き続けなければならない体を憎みました。
化け物は途切れ途切れになりながらも、彼女に誓いました。
何度でも君を見つける。次こそ君に殺されたい。終わらない生の終わりは君に決めてほしい。生まれた理由はきっと、君に殺されるためだ。待っていてほしい。
笑顔を浮かべた彼女に、想いが伝わったとわかりました。
力が抜けた彼女の冷たい手を化け物はいつまでも握っていました。
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