第74話 ソフィアちゃんの気持ち
ソフィアちゃんの瞳が真っ直ぐにわたしを捉える。その視線は強く、情熱的で、絶対に引かないという意志を感じさせるものだった。
けれど、ソフィアちゃんの想いにも応えるわけにはいかない。わたしにはもう、一時的にとはいえ紅葉と楓という恋人がいる。
これ以上関係を増やすなんて……ダメなんだ。
「わたし、ユアのこと、すき。こいびとになりたい。でも、コハルのきもち、だいじ。だから、がまんしてた。でももう、がまんしない」
その言葉に、ソフィアちゃんがわたしの二股の件をどうして心春に言わなかったのかを理解した。
すべて、心春のためだったんだ。心春を傷つけないようにしていたんだ。だからアタックも止めたんだ。
「ソフィアちゃん、その……気持ちはうれしいんだけど――」
「どうして?」
わたしの言葉を遮るように、ソフィアちゃんが真顔で問いかける。
「コハルはいもうと、かなしいけど、だめはわかる。でも、わたし、いもうとじゃない。なにももんだいなし」
いや、そこは確かにそうだけど……。そうだけど、問題の本質はそこじゃない。
「でもわたし、これ以上二人に――――」
「ユア、コハルのゆりまんがでべんきょう、それでいける。しまいでも、なんにんでも、だいじょうぶ」
「いや、大丈夫なわけあるかー!!」
真面目な雰囲気を壊してしまうくらいに、思わず声を大にしてツッコんだ。
そんなスキル制みたいな話じゃないんだよ! 「勉強すればいける」って、何? わたしは百合ハーレムの主人公としてレベルアップする予定だったの!?
「ユア、じっせきある。モミジ、カエデ、わたし、ウエノ、カゲミヤ……はちがう? あと……」
ソフィアちゃん、ちょっと待って!? なんで上野さんまで選択肢に入ってるの!? あと「あと……」って、続きがありそうな言い方が怖いんだけど!? 今すぐその恐怖の恋愛名簿を見せてもらえますか!?
「お姉ちゃん、今の聞き間違いじゃなかったらさすがにドン引きだよ。二股どころじゃなくない? えっと、紅葉さん?と楓さん?と――――」
「違う! 違うよ心春! せめて数えないで! その二人だけなの!」
どうしてこんなことに!? わたし、もともとただモテたいだけの普通の女子高生だったはずなのに……。
「あの……どうしてソフィアちゃんはわたしのこと好きなの?」
脱線していた話を元に戻そうと、今更ながら一番大事な疑問をぶつけてみた。
紅葉と楓との始まりは、優しく助けたことがきっかけだったし、心春の気持ちは、そんなわたしの傍にいたから芽生えたもの。でもソフィアちゃんは……どのタイミングでそんなフラグが立ったの?
するとソフィアちゃんは、少しだけ照れながら口を開いた。
「ユア、わたしがころんだとき、すぐきてくれた。いたいの、てあてしてくれた」
……うん?
「ことば、つうじなかった。でも、こころはつうじた」
……うんうん?
「ないたとき、ユア、あたまなでてくれた。なきやむまで、ずっとなでてくれた」
……う、うん。
「ママがいないとき、いつもあそんでくれた。さみしくなかった。いっしょにいて、どきどきした。すきになってた」
……ソフィアちゃん、完全に小学生のときのわたしに落とされてるじゃん!
わたし、そんな大したことしてないよ!? 転んでたら手を差し伸べるし、泣いてたら慰めるし、言葉が通じなくても笑顔で話しかけるし、一人でいたら寂しくないように一緒にいてあげるよ! それ普通だから!!
でも、小学一年生のソフィアちゃんにとって、それが特別だったのかもしれない。隣に住んでいられた時間は少しだったけど、言葉の通じない異国の女の子。
それが、わたしだった――。
そっか……わたし、幼いころから女の子ばっかり落としてるんだな……とんでもないな。紅葉と楓もそうだし。
どうしてこんなことになった。いや、わたしの人生って振り返ればずっとこんな感じだった気がする。
「お姉ちゃん、昔から誰にでもそうだもんね」
心春がくすくすと笑いながら、まるでわたしのすべてを肯定するように言う。その言葉は素直に嬉しかった。……招いた結果はとんでもないことになってるけど!
でも、ソフィアちゃんにも付き合えないことをわかってもらわないといけないんだ。
わたしは心を決めて、ソフィアちゃんに向き直る。
「ソフィアちゃん」
真剣な眼差しで見つめると、ソフィアちゃんはまっすぐにわたしを見返してきた。その青い瞳の中に、わたしはどんな風に映っているんだろう。そう思うと、胸がぎゅっと締めつけられる気がした。
「何度でも言うよ? わたしは、ソフィアちゃんとは付き合えない。ごめんね」
誤解を生まないようはっきりと伝えると、ソフィアちゃんの目が揺れた。
「どうして? わたしのこと、きらい?」
「ううん、好きだよ。でも、わたしは……紅葉と楓の二人を振り回しちゃってるんだよ」
本来なら、わたしは紅葉と付き合っているはずだった。
でも、間違えた。楓を紅葉だと思い込んで、告白してしまった。そしてどちらも傷つけたくなくて二人と付き合う道を提案し、二人の厚意で一時的とはいえ今に至ってる。
最終的に、わたしは一人を選ばなきゃいけなくなった。……いや、もしかしたら二人とも選ぶっていう、そんな奇跡のような道もあるのかもしれない。そんな未来が、どこかにあるのかもしれない。
けど、それでも三人目を受け入れるのは絶対に違う。
それを全て、正直に話した。
「わたしは、二人に対して誠実でいなきゃいけない。既に誠実さが欠けてるっていうのはわかってる。……だからこそ、これ以上誰かと付き合うなんてしちゃいけないんだよ。そんなことしたら、わたしは二人に顔向けできなくなる」
ソフィアちゃんはじっとわたしの言葉を聞いていた。何も言わず、ただ静かに、まっすぐに。
わたしがどれだけ誠実さについて語っても、ソフィアちゃんから見れば、それはきっと矛盾だらけだと思う。
でも、それでも彼女は否定しなかった。
そして、わたしの目を見ながらふっと息をつくように微笑んで言った
「うん」
たったそれだけだった。納得してくれたのか、それとも無理に納得しようとしてくれたのか。どちらにせよ、その一言にどれほどの感情が込められていたのかを思うと、わたしの胸は締めつけられる。
「ユア、め、とじて」
「え?」
唐突なお願いに、思わず間の抜けた声を出してしまう。でも、殴られる覚悟はある。
だから、うなずいてゆっくりと目を閉じた。そして――
ふわり、と頬に柔らかい感触が触れる。
あれ……これチークキスじゃなくて、マジのキスでは? と思ったその瞬間、今度は反対の頬にも同じような――でも微妙に違う感触が伝わってきた。
……え? 増えた?
「め、あけて」
ゆっくりと目を開けると、わたしの左にはソフィアちゃん。
右には――心春!?
二人とも、ほんのりと頬を赤く染めていた。
「「ありがとう」」
二人の声が重なるように響く。
「…………わたしを好きになってくれて、ありがとう」
頬にとはいえ、二人からキスをされた事実に動揺しながらも、わたしはそう返した。
二人は、ただ穏やかに笑っていた。まるで、わたしの全てを許してくれているみたいに。
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