第1話 振られてばかりの人生でした。



「恋……したいな……」


 俺が窓の外を見つめながらそう呟くと、後ろの席からため息混じりの声が聞こえてくる。

「お前、またそれかよ……」


「またってなんだよ。高校生の本分は勉強でも部活でもなく、恋愛だと思うね俺は!」


「そういえば、またフラれたんだっけか?」


「竜……傷口をえぐるようなこと言うなよ……」


「悪い悪い、でも将はホント切り替え早いよな」

そう言って整った顔を歪ませるのは、2年から同じクラスになった『石子 竜いしこりゅう』。その落ち着いた雰囲気と多くは語らない性格が妙に心地よくて、最近はこいつと常に一緒にいる。


「今回はちゃんと付き合えたんだ。2ヶ月でフラれちゃったけど……」


「でも、やる事はやったんだろ? 良かったじゃん。童貞卒業おめでとう」


「だからこそ、辛いことだってあるんだよ……」


 俺は今年の春、念願の彼女が出来た。その彼女と初体験も済ませて、絶対に幸せにすると思っていた。

 それなのに、他に好きな人が出来たと、あっさり振られてしまったのがつい先週のこと。


「俺の何が気に食わなかったんだぁ……!」


「将は一度好きになると、それしか見えなくなるからな。もっと客観的に自分を見つめたほうがいいんじゃね?」


「俺だって分かってるんだよ……。でも、好きな人のことになると、周りなんてどうでもよくなっちゃうんだよなぁ」


「ま、それが良いって言う女もいるよ。今度は気が合う子と出会えたらいいな」


「竜……可愛い子紹介してぇ〜?」

俺は両手を握って竜に擦り寄った。


「いやだよ。おい、顔近付けんな気持ち悪い」



 今は7月、高校2年生の夏休みを目前に、生徒達はどこか浮き足立っているように見受けられた。授業中に視線を黒板にやると、どうしても目に入る後ろ姿がある。

 

 それは、人生史上一番の失恋を喫した相手、『小浦 舞こうらまい』だ。

 

 何の因果か、2年から同じクラスになってしまった俺と小浦は、ほとんど会話をする事はない。向こうも俺に気を遣っているのだろうと思い、こちらから声をかけることもなかった。

 

 今となっては、あの日々は幻だったのではないか、と思ってしまうほど、俺達の間には去年とは大幅な温度差がある。


 恋愛の傷は時間が解決してくれるとはよく言ったもので、まるで時間が、俺達が仲良くなった経緯や軌跡まで全てをひっくるめて持ち去ってしまったかのように感じていた。



 放課後、俺は期末試験の結果が良くなかったらしく、担任の先生に呼び出された。

 

 「青嶋君……君一応進路希望は進学でしょ? もう少し勉強頑張らないと、どこにも拾ってもらえないわよ?」


「拾ってもらうって、捨て猫じゃないんですから……」


 この人は担任の『亀田 翠かめだみどり』。アラサーの独身女性で、生徒からは「みどりちゃん」や「亀ちゃん先生」の愛称で親しまれている。


「とにかく、親御さんとちゃんと進路のこと話し合ってね?」

みどりちゃんはハーフアップの長い黒髪を指に巻いて、メガネ越しの上目遣いで言った。


 漂う大人の色気と、今年で30歳とは思えない童顔に、 俺は怒られているのも忘れて心の中で「アリ!!」と叫んでいた。


「先生って、彼氏いるんですか?」

「な、何よ急に……か、関係ないでしょ?」

顔がほんのり赤くなり目を背ける。


「あ、その反応は居ないんですね? 」


「わるい……?」

横目で俺を見る、その顔もいい……。


「実は俺も最近振られちゃって、よかったら今度ご飯でもどうですか?」


「もう! 教師をからかわないの!」


「そんな硬いこと言わずに、お願いしますよ!」

俺が手を合わせて必死に頼み込むと、困り顔を浮かべるも、すぐに何かを閃いたように指を立てて話し出した。

 

「じゃあテストで平均点以上とれたら、考えてあげる」


「そんなぁ……」


 その時、各方面から突き刺さるような視線を感じた――。

 

 俺が辺りを見回すと、それは職員室にいた他の男性教員達から向けられていた。彼らの鋭い眼差しは、とても聖職者とは思えないほど羨望と嫉妬にまみれている。

 今にも「俺達のアイドルに手を出すな……」という彼らの心の声が聞こえてきそうだ。


 グサグサと背中に刺さる視線に耐えかねて、俺は慌てて職員室を出る。教室に戻っていると、窓から部活動を頑張る生徒達が目に入った。


「みんな、頑張ってるなぁ……」

他人事のようにそう呟くと、自分には他人に誇れるものが何もないというコンプレックスを思い出してしまう。


「いやいや……俺は可愛い彼女を作って、みんなに羨ましがられる高校生活を謳歌するんだ!」

なんとも独りよがりで、本末転倒な目標を定めた将だったが、未熟者の彼はそんなことに気付けない。



 教室に戻ると、他の生徒達は全員帰った後だった――ただ1人を除いては……。


「こ、小浦……」


「あ、青嶋くん、まだ帰ってなかったんだ」

教室で1人、机に向かう舞。


「残って勉強か? えらいな……」

そう言ってカバンを取ると、そそくさと教室を出ようとする。


「ねぇ……」


 静かな教室に、その囁くような声が、開いていた窓から風に乗って流れた。


「ど、どうしたんだ?」

教室の扉の前で振り返る将。


「青嶋くんさぁ……あたしのこと避けてない?」


 ――そう問いかけた彼女の瞳は、美しく澄んでいて、だけどどこか、寂しそうにも見えた。

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