side:優れた騎士たち

 騎士になる方法は、この国では三つある。

 一つ目は学園を卒業すること。最も簡単な方法である。二つ目は一般の入団試験を合格することだ。


 そして最後、三つ目は、最も難関で年に一度だけ行われる、特別入団試験を合格することである。その名の通り特別なこの試験は、簡単に受かることはない。実技も学科も通常の入団試験に比べて遥かに難しい。一次から最終まで、三回の試験が設けられているが、一次を通過する者さえ片手にも満たないことが当たり前だった。

 特別であるが故に、年齢制限もなし、性別制限もなしで、合格すれば国内最有力騎士団である、第一騎士団への入団が確約される。


 アーノルドはその特別入団試験に受かった人間だった。当時十歳で一発合格を果たしたアーノルドは、異質と言わざるを得ない。

 始め遊びや力試しだと思われた。過去を見ても、最年少は十五歳だからだ。だがアーノルドは、入団試験を見事合格して見せた。

 最終試験は第一騎士団との模擬線で、本職の騎士から一本取るというもの。最終試験に到達した者さえ珍しいのに、それがまだ十歳の子供だと言うことで注目を集め、ほぼ全騎士が見守る中で行われた試合。

 特別入団試験は厳格な試験。例え公爵家だろうと不正はできないことは皆分かっていた。ただどこかで、何かしらの贔屓が働いているかもしれないと見ていた者たちは、試合が始まった直後、考えを改めた。


 そんな疑問を抱くことが失礼だと思うほど、アーノルドの実力は確かで、見事最難関の特別入団試験を合格して見せたのだ。以来第一騎士団と彼はこの四年、共に切磋琢磨しお互いを信頼し合える仲間となった。後々彼が抱える事情を知ることになるが、それで仲間としての信頼が崩れることはない。


 青年たちは、第一騎士団団員であった。本日は祝日で、偶然非番だった青年たちは、アーノルドからの頼みを受け入れたのだ。

 仲間から頼られてしまっては、断るわけにはいかないと集まった十二名。それに今回は、裏で人身売買や闇商売に手を付けているヘイス家だ。裏のことはしっかり隠されていて表に引っ張り出すことは難しく、調査に乗り込むきっかけが中々掴めない。ヘイス家の罪を暴き、且つ繋がりのある家も芋づる式で捕まえられる絶好の機会だ。


 しかし。


 現在、小春たちの家で待機している騎士たちは、先程のことを思い出していた。

 あの、アーノルドが一人の少女と話をしていたところを。少女は帽子を深く被り髪や目を完全に隠しているようで、歳は十二、三くらい。

 アーノルドの顔は怖いほど整っており、成長する毎に憎たらしいほどモテる。しかし騎士として鍛えたことで十四歳にしては成長した体躯と冷たい眼差しから、子供には怖がられることも多い男だった。だというのに、少女はアーノルドを恐れるどころか食って掛かり、ついて行きたいという我儘を押し通して見せたのだ。


 何よりも驚かされたのは、アーノルドが笑った、ということだ。

 好意や企みを持って近づく人間には絶対零度の視線を向けるのが、アーノルドという男だ。信頼し、互いの感情がなんとなく分かるくらいには同じ時を過ごした騎士たちさえ、笑った顔は見たことがない。


「…正直、ビビったわぁ…」


 思わず零れた一人の言葉に、近くに居た騎士が頷いた気配がする。


 そして少女は言った。全員無事で帰ってこよう、と。誰一人傷つくことなく帰って来よう、と。

 騎士は民を守る国を守る仕事だ。危険に向かって走り、自分の命よりも国民の安全を優先する。それが当たり前のことで、皆の共通認識だった。


 しかし彼女は言わなかった。守ってくれ、なんてことを。


 己の役目を求められなかったというのに、純粋な言葉が胸にいつまでも残っていた。



 *



 小春たち裏口組と別れた表組は現在、ヘイス家の玄関前にいた。門兵によって知らされた使用人が慌てて屋敷の扉を開けて、家の中に招き入れる。


 開かれた扉の先に立っていたのは、ヘイス家当主であるヘイス伯爵と、子供であり今回の誘拐を引き起こしたオグデンだ。


「お、おぉ、これはこれは、ルドロフ卿!まさか国の英雄が我が家にお越し下さるとは、なんたる栄誉!ささっ、どうぞ中へ!」


「あぁ。失礼する」


 ペコペコと頭を下げる伯爵に付いて行き、客間に案内させられる。ソファに腰を落としたアーノルドは早速話に入る。


「もてなしは結構だ。用はすぐ終わる」


「は、はぁ…。そうでございますか…」


 冷や汗が止まらない伯爵はそわそわとしている。またオグデンは、ローゼリアがここにいることが信じられないと汗に加えて顔は青白く、今にも倒れてしまいそうだと、ソファ後ろに待機していた騎士は思った。

 静けさに満たされた部屋の中、アーノルドの冷えた目に負けぬ冷えたこえは、嫌と言うほど響いた。


「単刀直入に失礼する。なぜ、ボールドリン公爵令嬢を牢に入れた?」


「っ、ど、な、何を言っておられるのですか?!」


「冗談を、」と口にする伯爵を黙れの一言で黙らせたアーノルドは、隣に座るローゼリアに目を向ける。


「ここにいる本人から聞いたのだが。違ったか」


「いいえ?何も違いませんわ。ワタクシ、先程まで牢屋に入れられていたの。まるで奴隷のような扱いでしたわ」


 泣き落としなどせず、ギロッと敵を強く睨み付けるローゼリアに心の中で流石だと拍手を送る。オグデンが「その女は嘘を吐いているのだ!」という言葉でさえ、


「フフッ、面白いことを、仰るのね」


 彼女の笑っていない笑みによって掻き消されてしまう。


「私としても、我がルドロフと友好関係にあるボールドリン家の令嬢を粗末に扱ったという事実に驚いた。しかし偶然馬を走らせていたところ、偶然このような姿の令嬢が、こちらの屋敷に繋がる道から走って来て、話を聞けば誘拐されたと言う。彼女の言葉が嘘であり、貴殿らの言葉が本当であると言うのなら、証拠を提示していただきたい」


 証拠など提示できるわけがない。もし嘘を吐いて逃れようとしても、真実がバレてしまえば、公爵令嬢を誘拐し地下牢に閉じ込めたとしてどんな酷い罰が待っているか、分からないはずがないのだから。


 震えて何とか言葉を探そうとするヘイス家を、燃える赤と凍える青、対極の瞳が鋭く見る。


 アーノルドの視線がこちらを向く。騎士は頷き返し、一枚の紙を取り出すと机の上に開いた。訝し気に眉を顰めるヘイス家一同。


「これは、貴殿らへ向けられた令状だ」


「「………へ?」」


 流石血のつながった親子。アホっぽい表情から反応の仕方まで見事に揃っている。


「闇取引での人身売買への加担、殺人協力、脱税…。罪状を全て読み上げるのも馬鹿馬鹿しい」


 他の騎士が机に置いたのは、彼らが犯した罪を記してあるものだ。血の気が引いたヘイス家は慌てて立ち上がるが、時すでに遅し。


「奥にいた伯爵夫人を捕らえた。護衛の奴らの制圧も完了だ」


「なっ、なっ、なっ!」


 アーノルドの表情筋は一切動かない。何が何だか分からないヘイス家へ、始めと同じく冷えた、感情の一切ない声を発する。


「捕まえろ」


 騎士は心の中で、ご愁傷さまと手を合わせた。

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