恋のキューピッドは異世界にて、悪役を目指す

三木 べじ子

はじめ

 ロシーティア国にあるセプトラリア学園の魔法専門校舎では、一つの噂話が囁かれている。


 “恋のキューピッドが空き教室に現れる”


 いつ、どこで、誰が囁き出したのかは分からない。気づけば騎士専門や商業専門といった別の学び舎にまで噂話は広がっていた。


 曰く、恋のキューピッドは天使のように美しいのだとか。

 曰く、恋のキューピッドに出会えれば、必ずその恋は実るとか。


 ただ恋の成就を願うものだけがキューピッドを探すわけではない。噂の真相を探るもの、天上の美しさを見ようとするもの。目的は様々だ。強く望んだ者の前にしか現れないと言われているその恋のキューピッドを探し求め、皆魔法専門校舎の空き教室を探す。


「その空き教室ってのは一体どこなんだ?」

「なんでも離れの旧校舎の空き教室に出るらしい」

「旧校舎って、あのもう使われていないオンボロの?!」


 幽霊が出る、賊が隠れ蓑にしている。とにかく誰も近寄らない離れの旧校舎。そこの三階の隅にある空き教室で、恋を叶える恋のキューピッドに会えるらしい。


「恋のキューピッド…会うことが出来たなら、高嶺の彼女と…!」

「恋が叶わなくても、その美しささえ見ることができるなら満足だなぁ」

「いや何言ってるんだよ、いるわけないだろ!恋のキューピッドなんかさ!そんなのただの出まかせに決まってる!」


 まだ見たことない恋のキューピッドに思いを馳せる学生を否定して笑う生徒。その肩を、近くに居た友人が「おいっ!」と叩く。突然なんだと怒ろうとしたところで、背後に立つ人物に慌てて口を噤んだ。


 ルドロフ公爵家、アーノルド・ルドロフ。氷魔法を得意とする、彫像のような美しさを持つ彼から睨まれただけで、体が凍ったように動かなくなる。


「ちょっと、邪魔ですわよ!」


 アーノルドの後ろから現れたのはボールドリン公爵家のローゼリア・ボールドリン。燃えるような赤い髪と意志の強い赤い瞳を持つ美女だ。

 位の高い二人が睨み合いを始め、身分の低い生徒たちは何も言うことが出来ず、その場に佇むだけ。

 公爵家の二人に声をかけたのは、一人の少女。


「もー二人とも、こんなところで喧嘩しないの!他の人の迷惑になっちゃうでしょ?」


 肩まで伸びるフワフワ揺れるほんのり青みがかった桃色の髪と、ほんのり緑がかった桃色の瞳。美しいよりも可愛らしいという表現が似合う少女は、アーノルドとローゼリア両者の腕に抱き着いては首を傾げ、「ね?」と上目遣いをする。

 それだけで、アーノルドは黙って少女を凝視し、ローゼリアは頬を染めて「そんなにくっ付かなくても分かりますわ!」とそっぽを向く。

 良かった、と可愛らしく笑みを浮かべる少女。彼女はルドロフ公爵家の分家、ラミレス子爵家の養子。コハル、という不思議な名前を持つ。


 彼女は入学当初から謎の多い人物だった。

 入学するまで一度も公の場に出てきたことが無い。ラミレス子爵とは違う色を持つことから、愛人との子、もしくは平民なのではないのかという噂も流れている。またアーノルドやローゼリア以外にも、多数の高位貴族を常に侍らせており、子爵という低い身分でありながら高位の貴族の弱みを握り、脅しているのではないのか、と囁かれている。


「噂は噂だろ。それに、あんなに可愛い子が、悪いことをしているとは到底思えない」

「これだから男は!本当に見る目がないわね。ああいう顔が、裏で何かあくどいことをしてるのよ!」


「あくどいことって、例えばなに?」


 突然かけられた声に、生徒は小さな悲鳴を上げた。振り返るまでもなく、それが噂の人物、コハルの声だと分かる。彼女は可愛らしく笑った。


「悪いことなんか、なーんにもしてないよ」


「ほんとだよ」と小さく囁かれ、男も女も関係なく頬を染める。笑みを浮かべてコハルは軽く手を振り、アーノルドたちの元へ戻る。アーノルドがこちらを睨み付けていることに気づいて、赤くなっていた顔は青くなる。


「ねー、アーノルド?私、静かな所でゆっくりしたいなぁ」


「…分かった。アイスティも用意しよう」


「わーい!ありがと、アーノルド!」


 コハルが彼の腕に抱き着いて甘えた声を出せば、アーノルドの視線はコハルしか写さない。

 彼ら一行が向かう先は、一般生徒は分からない。秘密の場所で一体何をしているのか。

 嵐のような集団が通り過ぎて、その場にいた生徒たちは息を吐く。


 どうやらコハルは、いじめをしているらしい。


 どこかから漏れ聞こえた話は以前からある話。証拠はない。いじめの現場を見た人間もいない。ただ「いじめをしているらしい」という話が至る所から聞こえるから、自然とそれは周知の事実になっていた。いじめをしているのに今まで一度もバレていないのは、高位貴族の友らの権力を笠に着て、守られているからか。

 今日も今日とて話題は尽きない。恋のキューピッドの話題も、コハルという謎の少女の話題も。


 噂の真実を知るのは、ほんの一握りだけ。


 離れの旧校舎、三階隅の空き教室。

 恋の成就を強く願う者が戸を開くと、美しい恋のキューピッドが現れる。


「貴方の恋、叶えて差し上げましょう」

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