第7話 分岐

山を降りる頃にはもうすっかり夜になっていた。

満月が美しい夜だった。

「…小次郎」

稲荷の神社の岩元で、泣き腫らした顔に真っ赤な鼻をグシュグシュさせながら、蘭々を呼んだ。

「その名前で呼ぶにゃ!蘭々だし!」

巫女の姿で怒りながらやって来た。

「だって…お主、小次郎じゃろ」

私の恋人の隣にいつも居た狐の匂いと一緒だった。

「そんな風に呼ばれてた時もあったかもにゃ…」

蘭々が近寄って来て、私は抱きついて、また泣いた。

蘭々は私がうまく喋れていないだろうに、うまく説明もできてないだろうに、それでも何も言わずに、片手で私の背中をポンポンしながら聞いていてくれた。

「チーン」

「あっ、こら!蘭々の尻尾で鼻かむにゃ!」

聞き終わる頃には、沢山の尻尾で私の体を抱きしめてくれていた。


答えが欲しかったわけじゃない。

何かを言われたかったわけじゃない。

ただただ聞いてほしかったのを、蘭々は分かっていてくれている様だった。


「蘭々にとっての千年は、結構あっという間だったにゃ。それまでの間に、沢山の人に出会い、別れて…幸せをくれた人もいるし、残酷に扱われた事だってある。それで人間を信じられなくなった時に、今の閉師人…宗様に出逢ったにゃ」

蘭々は満月を見上げながら、話してくれた。

「なんで宗一郎が好きなの?」

蘭々に抱きついたまま、見上げて聞いた。

「…またたびをいっぱいくれるにゃ」

「…え?それだけ?しかも、お主狐じゃろ!」

ハッハッハと蘭々は大きな声で笑った。

「そうかもにゃ…それだけにゃ。誰かを愛する事に、理由なんて必要もないし、理由は存在もしないにゃ」

続けて話した。

「猫だと思って、沢山のまたたびをくれた宗一郎が…大好きにゃ」

蘭々は初めて私に、優しい顔で微笑んだ。


なんの曇りもなく、そう言い切った蘭々が、空に浮かぶ満月の様に…

とても美しく見えた。


「チーン…」

「あっ!だからテメェ人の尻尾で鼻かんでんじゃねぇー!」

「あ、小次郎じゃ」

「尻尾が汚れるにゃ」

蘭々はしばらく、こんなやり取りをしながら付き合ってくれた。


「あんたがどんな答えを出すかは知らねぇけど…宗様を消そうとするなら、俺は全力で止める。それだけだ」

真っ直ぐ見ながら、蘭々はそう言った。

私は、天に浮かぶ満月に何も言えずにただ、ただ見つめる事しか出来なかった。

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