ヴァルドールの終わり
ここは、パン
プロローグ
「私を殺せば、きっとあなた、この世界から解放される」
崩壊しかけた世界で、苦しそうに彼女は微笑んだ。
「私にはもう、時間が残されていない。でも、クロには外の世界で生きていける。だから、私を殺して」
彼女は優しく、そしてどこか残酷な言葉を囁いた。
僕はその言葉にただ俯き、冷たくなっていく彼女の手を握ることしかできなかった。
これは、罰なのだろうか。
あの日、彼女と生きていくと決めた瞬間から、僕に課せられた罰なのだろう。
でなければ、こんな終わり方なんて考えられなかった。
わかっていたはずだ。けれど、その時になると、耐え難い痛みが自責の念となって、胸を締めつけてきた。心の中ではもう何度も覚悟していたことなのに、その瞬間が訪れると、どうしても逃れられない重圧に押し潰されそうになる。
けれど、迷っている暇はない。静まり返ったこの部屋の中、外からは崩れゆく音が響き渡っている。その音と共に、彼女の手が冷たくなっていくのを感じた。何度も握り直してみるが、彼女の手が僕の手を握り返すことはなかった。滲んだ視界で彼女の姿を見つめる。彼女は精一杯、笑顔を浮かべていた。それでも、その笑顔には今までとは違う、どこか寂しげな光が宿っていた。
「必ず…また会いましょう。」
僕は、そう言うことしかできなかった。声は震え、絞り出すのが精一杯で、その情けなさに思わず笑みがこぼれた。けれど、彼女は優しく、どこか幸せそうに微笑んだ。
「また……会えるのかな…?」
彼女は分かっている。本当はあり得ない話だと。その世界に縛られ、外の世界に出ることなく、潰えていくのが自然の理だということを。それでも、彼女は諦めきれなかった。僕たちがまた、何もかもが元通りになるような日常を取り戻せるのだと、心のどこかで信じていたのだ。
「ええ、必ず会いに行きます。約束しますから…」
そう言い切って、僕は永遠の別れを告げた。小さな体から温もりは消え、代わりに胸に赤い花が咲く。それを抱きしめたまま、僕は部屋を出た。さっきまでの騒々しさが嘘のように、崩壊は止まっていた。いや、崩壊という言葉さえ意味をなさないほど、大気すらも時が止まったように静まり返っていた。
時を刻むことを忘れたこの世界の中で、僕は彼女を抱きしめたまま歩き続ける。そして、外の世界へと足を踏み出した。こうして、僕は世界の敵として、この場所を後にした。
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