EP19. 失われし遺産
「くぁ……」
アンティーク調バーカウンターの奥より、眠たげな声がやってきた。
それなり以上に歳を重ねた男の声。
そこに向けて、サーズが大股で無人の店内を横切ってゆく。
「よお、おっさん。まだくたばってなかったみてぇだな」
「む……サーズか。お
サーズの呼びかけに、スキンヘッドの男性が寝ぼけまなこで返してきた。
やたらとデカく古めかしいレジの前で、頬杖をついた年嵩の大男だ。
サーズも大柄な方ではあるが、こちらは2mを超える長身で胸板の厚みも上をいっている。
古めかしくも広々としたカウンターに腕が伸びただけで、手狭に見えてしまうほどだ。
「ところでおっさんよ。ちょいと遊ばせてくんねえか?」
「何がところでかは知らんがな。おっさんじゃなく、フォッグと呼べ。それと金持ってんだろうな?」
「堅いこと言うなって。ギルドで顔合わせたわけじゃなしよ。あと、金ならちゃんとあるぞ」
「ほんとかぁ……? 後になってツケとか言い出したら、アーマシューター売っぱらってでも払わせるからな?」
「いやいや、たかがレトロゲーで遊ぶのに商売道具をカタにとるとかありえーだろ」
素寒貧でないことを主張する青年には訝しげな視線を送りつつ、フォッグと呼ばれた大男が手近なストレージからワイン瓶とコルクスクリューを取り出す。
そしてそのまま手慣れた栓を引き抜くと、寝覚めの一杯どころか一本といった具合で中身を呷り始めた。
ちなみに栓自体は人口樹脂であり、本物のコルク栓ではない。
産出されるクレイドルに偏りがある品は決まって高価なので、色だけつけてそれっぽくしてある、といった具合だ。
「まーた客がいねえからって営業時間中に酒かよ。いい加減にしとかねーと体壊すぞ? おい――ああっと、ティルス!」
「え。あ。はい」
カウンター越しにやり取りしていたサーズに突然名前を呼ばれて、ティルスがぎこちない返事を行う。
行うが……
彼女は店の入口でサーズからトランクを受け取ったまま、初めてみる木造りの店内をキョロキョロと見回すに留まっていた。
「んだよ、そんなところで固まりやがって。走って疲れたわけでもねーだろ」
「それは、そうなのですが……あの。ここは何のために造られた建造物なのでしょうか」
「ぐぶっ!?」
ティルスの質問に、ワインの霧が噴きあがる。
データ不足ゆえの純粋な疑問を口にしたティルスだったが、それが予期せぬ方向に飛んでいった形だ。
「うっわきったねぇなぁ、おっさん。いきなり吹くなよ。俺の一張羅汚したらクリーニング代取るぞ?」
「? どうかなされたのですか、サーズ」
「さてな。ま……趣味丸出し過ぎてだーれも寄りつかなくなった店には、ちょいとキツいお言葉だったかもしんねーな。ククッ」
「サアァァーズゥ……まぁたおめぇはよぉ」
グイと口元を手の甲で拭い、禿げ頭がサーズを睨みつけた。
そしてそのまま、青年の隣に進み出てきた少女へと視線が注がれる。
「んお? なんだおめぇ、今日はまた随分と可愛らしいツレだな。なんか上手いことやったのか?」
「まあな」
寝惚け眼を一転ぱちくりとさせてきたフォッグに、サーズがドヤ顔で答える。
嘘もいいところである。
完全無欠の棚ぼたというやつである。
「ほーん。何をしでかしたかは知らねぇが……ま、いいわ。好きに遊んでけ。5,000クレジット先払いだ。どうせロクに飯も食えてねぇだろ。いま適当に見繕ってやるからよ」
「はあ? おいおい、5,000とかボッタクリすぎだろ。いつもは精々いって3,000じゃねぇか。しかも先払いってなんだよ」
「なに言ってやがる。二人前だぞ? 赤字覚悟のサービス価格よ。よぉ、お嬢ちゃん。炭酸、平気か? そこのケースから好きなの選んで飲んでいいからよ。暑いなか、こいつに引き摺り回されて大変だったろ。まぁゆっくりしていってくれや」
「ありがとうございます」
ワンピースをピンと伸ばしてのお辞儀に、禿げ頭が破顔する。
厳つい容貌に反して朗らかな笑みだが、サーズにしてみれば何となく面白くない。
「おい、ティルス。このおっさんに騙されんなよ。悪魔みてぇなおっさんだからな、このおっさんは」
「そうなのですか? このおじさま、とても感じの良いおじさまですが。このおじさまは」
「……なるほどな。どうりでおめぇさんが、こんな別嬪さんをとおもったがよ」
二人揃っての適当極まる寸評。
それを受けたフォッグが、なにやらカウンターの奥でガチャガチャと騒々しく音立てながら、溜息をついてきた。
「嬢ちゃん、幾つだ」
「幾つとは?」
「歳だよ。年齢。
「素体が製造されたのは今日から451日前です。
「てことは、まだ産まれて二月ちょいか。よお、サーズ」
「あん? んだよ、そのツラは。なんか文句あんのかよ。金ならあるぞ」
「ちげぇよ。そんなことより……お前、なにしでかしやがった」
ドンッ、とカウンターに大皿に盛ったスナック菓子が現れて、そこにサーズの手が伸びる。
「人聞きがわりぃな。なんの話だよ」
「あのよぉ……さっき上手いことやったみてぇに言ってただろ。万年金欠で借金取りに大人気のクセして、なんでコミュロイドなんて値の張るモン連れ回してるんだよ」
サーズの隣からツンツンと皿をつつくティルスを眺めつつ、フォッグが鉄鍋を振るい始める。
途端、カウンターに併設されていた古風なキッチンから勢いよく火があがり、油の爆ぜる音と香ばしい肉の焦げる匂いとが店内に充満し始めた。
「あっつ! おい、おっさん! 火ぃ使うんならクーラーかけろって! さっきからこの店あちぃんだよ! 貴重な客を蒸し焼きにする気かよ!」
「これぐらいでお前さんがおっちぬんなら、誰も苦労しねぇわな。嬢ちゃん、暑くて参りそうなときは遠慮なくいっとくれや」
「私でしたら大丈夫です。現在室温急上昇中、摂氏31.5℃。76℃までは問題なく稼働出来ますので、心配御無用です」
「よしきた! そんじゃまー、遠慮なくいっちまうか!」
「よしきたじゃねぇよ! 飯くぅ前にこっちが逝っちまうじゃねぇかよ! こっちは生身の人間だっつーの!」
スナック菓子を頬張りつつの抗議の声に、鍋を振るう手がピタリと止まる。
「しまった……そういやそっちの嬢ちゃんは普通の飯は食えねえか。もう三人分材料突っ込んじまったぞ」
「そこでなんでテメェの分まで仕込んでるかな。このおっさんは。ていうか」
「あ、美味しいですね。この炭水化物と糖分と塩分と油分の混合体。もう少し歯応えがあるのが個人的嗜好に合いますが……アーカイブ参照データベースにある、ポテチという
「――」
むんむんと熱気を増してゆく店内にて大の男が二人して固まる中、コミュロイドの少女が一人嬉々としてスナック菓子を味わい始めていた。
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