EP8. Companion-Modify-Utility-Roid
コミュロイド。
「それではお邪魔いたしますね。サーズ・レスリード・ブラックガントレット様」
自身が
卸したてと思われるワンピースの裾が揺らめくたびに、無造作に積まれた
嫌な顔一つせずに、しかし遠慮する気配もまったく見せずに、彼女は当然のごとくソファーへと腰を下ろした。
それを見て、サーズが顰め面となる。
やや手狭なリビングの中に、腰を下ろせる場所はたったいま少女に占拠されてしまったソファーしかない。
仕方なく、彼は四つ足のテーブルに手をつき口を開こうとした。
「ところで早速なのですが、サーズ・レスリード・ブラックガントレット様」
「……サーズでいい」
「わかりました、サーズ」
ティルスが話を切り出そうとしたのを、サーズは無視することにした。
単純に機先を制されたことに、ヘソを曲げたからだ。
それ以上の理由はない。
「ティルスとかいったな」
「はい。正確にはティルス・ノイカポックです」
「名前なんて、どうだっていいけどな。あんた……その時点で自分が言ってることがおかしいってわかってねーのかよ」
「? おかしいとは、どこがでしょうか。質問の意図を理解しかねるので、具体的な質問を要求します」
「名前付きのコミュロイドがマスター認証を済ませてない、なんてのが可笑しいって言ってんだよ」
内心ウザいなコイツ、と思いつつもサーズは律儀に答えてやった。
「
苛立ちに任せて、サーズが続けた。
「テメェをコミュロイドだなんて言って触れ回るんなら、少しはお勉強してくるんだな。今日日スラム暮らしのガキ共だって知ってるぜ、こんなことはよ」
コミュロイドにとってのマスターとは、仕えるべき主とあると同時に名付け親でもあることが通例だ。
中には名づけを人任せする者も稀にいるが……
なんにせよ、名前の設定とマスター認証は紐づけがなされている。
どちらかのみでコミュロイドが
名づけとマスター認証はワンセット。
そのルールからはみ出したモノを、コミュロイドとは呼ばない。
サーズが知るコミュロイドというものは、そういう代物だった。
「つまりサーズの認識では、私がコミュロイドではないということですか?」
「だな。でなきゃ、マスター認証済の中古品しかありえねえ」
「中古品……」
中古品。
その言葉を耳にして、初めてティルスが微笑み以外の表情をみせてきた。
「なるほど。では、困りましたね」
「なにが困るって言うんだよ」
「サーズには、必ず私のマスターになって頂かないといけません。なので困りました」
不意に真顔となって告げてきた少女に、サーズが思わず舌打ちを飛ばす。
ぶっちゃけこの青年からすれば、すぐにでもティルスを
しかし、そういうわけにもいかない理由がある。
それを確かめるために、彼は叫んだ。
「ラディー!」
が、返事はない。
聞きなれた機械音声が返されてこない。
狼耳を生やした彼の相棒は、ずっと沈黙を保ったままだ。
稼働ランプが赤く灯っているところをみると、死んではいない。
しかし生きてもいない。
そんな状態だ。
募る苛立ちを視線に込めて、サーズが目の前の少女へと向き直った。
「おい」
しかしこれまた返事はない。
暫しの間、荒れ地同然のリビングを沈黙が支配した。
「ティルス・ノイカポック」
「ティルス良いですよ。私もサーズと御呼びさせて貰っていますので。ここは対等に行きましょう」
名前を呼んだ途端の即反応。
青年のいらつきは、頂点に達した。
ダン! という激しい音があり、テーブルの四つ足がゴトトと揺れる。
ティルスの瞳がまん丸に見開かれる。
何故、突然サーズが拳を振り下ろしたのかわからない。
そんな反応だった。
「なにが対等だ。ふざけるのもいい加減にしろよ、クソガキ」
「糞な餓鬼ですか? すみません、先ほどからサーズの仰る言葉と会話の関連性が」
「いいから少し黙ってろ。そんでもって聞いとけ」
うんともすんとも言わぬままの相棒を指差し、彼は言った。
「お前、さっきコイツにハッキングしてから、そのままやりっ放しだろ。その時点で対等もクソもねぇんだよ」
律儀に口をしっかりと閉ざした少女に、サーズが尚も続ける。
「お前がやってんのは立派な脅迫、暴力行為って奴なんだよ」
「脅迫・暴力行為ですか?」
「理解出来ねぇか? じゃあレイプって言えばわかるか? レ、イ、プ。レイプと同じなんだよ、お前のやってることはな」
「レイプとは……強姦のことですか? 私が? その子に?」
「ああそうだよ。誰が見てもレイプだろうが、こんな真似はよ」
再び目を丸くしてきたティルスを指して、サーズが声に力を込めて断じた。
「圧倒的に能力で劣る、抵抗も出来ない相手を無理矢理力で従わせて好きにする。これがレイプでなくてなんだって言うんだよ、このクソガキ。てか勝手に喋ってんじゃねえよ。誰が許可した」
「ああ。そこは少しという時間の指定が不明瞭だったので。こちらで判断させて頂きました。どうかご了承くださいますよう――あっ」
涼しげなその声は、少女の胸倉を伸び掴んだ手により中断させられた。
「ほんとムカつくな、お前。しまいにゃブチ犯すぞ」
「あの。離してください、サーズ」
ソファーの上で半ば爪先立ちの状態となったティルスが、抗議の声をあげてきた。
その唇はサーズの鼻先すれすれにあり、吐き出される息へと混ざった微かな湿り気が、サーズの不信感を更に煽り募らせる。
「私に呼吸は必要ありません。ですが、そんなに強く服を引っ張られては音声出力に弊害が出ます。服も破れてしまうかもしれません。それと、マスター認証前に性行為に利用されるのもこちらとしては許容出来ません。ご了承ください」
「そうかよ」
話が通じない。
が、それ以上に己の持つコミュロイドと人間への、その両方の常識が通用しないことにウンザリとしつつ、サーズがワンピースの襟を手放した。
「あ――きゃっ」
どすん、というそれなりの重みの音を立てて、ティルスが再びソファーを占拠した。
「とりあえず、ラディーを解放しろ。話はそれからだ」
「え……本当ですか!? わかりました! いますぐ、そうしますね!」
サーズの要求を受けて、『自称コミュロイド』の少女が横倒しとなったまま了承の声で返してくる。
「良かったです! 中々お話が通じないので、困ってしまっていました! ありがとうございます、サーズ!」
正に喜色満面。
願ったりかなったりと言わんばかりの声に続く、屈託のない礼の言葉。
それを着衣の乱れも直さぬままに行ってきた少女に、青年は深々とした溜息で応じる他に、なんのやる気も湧いてなかった。
腹鳴りの音が虚しくリビングに響くと同時に、黒い狼耳がピコピコと動き始めていた。
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