EP1. Battle - 黒バッタと白猫 -

 AA[AfterAdmnis].1000年5月5日.am9:08

 ルブリス旋星国

 第13ネザークレイドル居住区内

【ネザーバトル筐体設置ターミナルより中継】



 無人の市街地に閃光が瞬き、爆音が轟く。


 コンクリートの外皮を飛散させて、鉄の骨を剥き出しにしたビルの群れがドミノ倒しを披露する。


〖そらそら、どうしたんだいサーズ! 群鴉コールズの黒き狩人の名が泣いてるぞ!〗

「くっそ――うっせえ! バトロワで一々話しかけてくんな、このエセレズ男女!」


 倒壊と爆撃の不協和音をBGM代わりに突き抜けてきたのは、人型の機影が二つ。


 追いたてる側は、スラリとしたフォルムでアスファルトを蹴り跳ねる白猫。

 逃げるは、黒い巨大な四翼を広げて翔び回る飛蝗バッタ、といった構図だ。


「くっそ……ランカー様の掩護射撃気取りかよ、三下ミサイラー共が! ボンボンバカスカ頭から撃ち込みやがって……結託して攻めるんなら、格上相手にしろってんだ!」

〖なーに言ってんだか。バトロワでランカー狙いに固執するバカなんてそうそういるわけないっしょ。ランキング変動があるわけじゃなしさぁ。あ、ごっめーん! 昔やってたバカなら、ここに一人いたっけ。きしし〗


 不満タラタラの男の声に続いたのは、あからさまな挑発のセリフ。

 まだ年若い女性のものとおぼしき声が、スピーカーを通じて辺り一帯に響く。


「あぁん!? 誰がバカだ、誰が!」


 それにあっさりと乗った男の左足が、コックピットのペダルを思い切り踏み込む。

 その動きに連動して、路上に跳び出ていた黒バッタが左背中のブースターから蒼い炎を撒き散らし、グルンとその場で振り向いた。


 ネザーバトル。

 その名通りネザーホロウと呼ばれる広大な雲海空域に打ち立てられた仮想領域にて行われる、戦闘競技。

 浮遊大地クレイドルの至る箇所に設置された専用ターミナルと、仮想戦術機Virtual-Tactics-frame『VTF』のデータを用いて行われる、ヴァーチャルバトルだ。


 機体の操作自体は思考制御式、火器や噴射装置バーニア等は手動操作という取っつきやすさ。

 そしてVTFのデータさえ所持していれば僅か100クレジット――そこいらの自販機に並ぶ、清涼飲料水以下の金額でプレイが可能。


 その上、成績良好者には運営を担う『創主国アドミニス』からの恩賞つきという、破格の条件も手伝い……

 その道のプロから一般プレイヤーまで参加者の素性は多岐に渡り、バージョンアップを繰り返すことで稼働期間は優に100年を越えている。


〖うっほ……遮蔽物もない道路で突っ立ってるとか、シロートかよあの黒いヤツ! てかあれカスタム機だよな? こちとら中古品だってのに、ムカつく野郎だぜ〗

〖あいつ、開始してすぐに撃ちまくってたアホだろ。お陰でこっちは大勢巻き込まれて散々だぜ。折角ターミナルにいた連中でつるめたってのによぉ〗

〖まだこっちに気付いてないみたいだし、やっとくか? いきなり暴れていたんなら、撃破ポイントも結構高いんじゃねえか?〗


 黒飛蝗と白猫が追いかけっこに興じる中、高層ビルの頂きより、それを見下ろす機影が三つ。

 カナブンを思わせるずんぐりとした緑色の外殻を備えた人型が、スナイパーライフル、ショルダーキャノン、連装ミサイルといったそれぞれ異なる武装で機を伺う……


 というよりは、ミサイルの雨を恐れて引きこもっていた。

 

 彼ら一般参加者が扱える量産型VTF。

 アーマゼスト『ロムボリナ』。

 機体データの基本販売価格が安価である割に、良好な耐久性と武装の拡張性をもつことで知られる――と言えば聞こえはいいが。


〖いよーし……せーので一斉にいくぞ。いいかお前ら、ひよるんじゃねえぞ?〗

〖わかってらぁ。しかしこんな三級品の歩く的でカスタム機に見つかりでもしたら、ソッコー蜂の巣だかんな。まずは俺がミサイルで崩すぜ。後はお前らで〗

〖おい! 右だ、右! ひ、ひだり、あ、うしろも――〗

〖あ?〗

〖へ……?〗


 ヒュルルルルル――

 

〖んな……!?〗

〖ちょ、ま――〗

〖クソッ! 避けろ!〗


 ビルそのものを隠れ蓑にして垂直に駆け上がってきた小型ミサイルが、合わせて6発。

 それを遅まきながらメインカメラよりに視認した時には、時すでに遅し、機体はあべし。

 いざ行かんとしていた2体のロムボリナが、揃って逝った。


〖おおっと、ここでまた脱落者が2名ー! 一般参加のならず者EXとヤカラSPに、サーズ選手のリュプシオンFの多連装ミサイルが直撃爆散! ちなみに撃破数は開始10分にして共に0! 一体なにしに来たのでしょうか! せめて言ってけヒャハーの一言ぐらい! 参加費クレジットの無駄無駄無駄ァ!〗


 突如響き渡った華やかな女性の声。

 戦況解説者バトルコメンテーターの煽りを受けて、観客たちの怒号にも似た歓声が市街地を揺らす。


 会場へのボイス送信、チャットルームへのコメント機能のみならず、果ては空き缶やペイントボールに、爆竹発煙筒(有料)の仮想データなんてものまで投げ込めるカオス仕様である。


 標的にされたプレイヤーからしたら迷惑行為もいいところだが、拝金主義と悪名高いネザバ運営が視聴者の声を優先した結果と言い張るのだから仕方ない。

 ちなみに有料お邪魔アイテムを喰らうと一部プレイヤーの収益となるので、むしろそれ狙いで迷惑系プレイヤーとして生きる者もいたりする。 


〖ま、ゆーてカナブンちゃんで徒党を組んでのおこぼれ狙い参加ですもんねー。これに懲りずに分相応、初心者ルーキー狩りにでも精をだしてくださーい♪ ざぁこざぁこ♪ 以上、現場からリン・アオムラちゃんでしたー♪〗


 解説者としてのモラルの欠片もクソもない罵声混じりの声援。  

 それに続いて、つい先刻の撃破シーンがビルの向かい側、直撃したミサイル側、そしてロムボリナ側から視点で観客が覗き見るスクリーンへと投影される。


 なけなしの軍資金を叩いて購入した連装ミサイルとショルダーキャノンを、ただの一発も命中させることなく退場となったのは、通称『カナブン』ロムボリナ。

 ぶっちゃけ、観衆からはヤラレメカ扱いされるのが関の山の安物である。

 当然、見る側にもいい加減飽きが来ていそうな光景だが――



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【ネザーチャット公式・ルブリスバトロワスレ】


 637[名も無きネザチャ民]

 10分経過で45/100

 市街戦なのにめっちゃ落ちとるな

 スレ進んでるしなんかあった?


 648[名も無きネザチャ民]

 >>637

 火噴きバッタ

 個別スレ立てといたぞ


 650[名も無きネザチャ民]

 >>648

 把握

 まーた開幕ブッパかよw

 タコにされんのによくやるわ

 見てる分には楽しいからいいけど


 655[名も無きネザチャ民]

 賭け損なったときに限ってエントリーすんのやめて?

 てかキャッサバもおるやん……どっちの背後霊すっかなぁ


 661[名も無きネザチャ民]

 公式が交互に流すやろ

 猫とバッタの他に目玉ないで

 投げ銭狙いのへんてこネームパンピーばっかや


 668[名も無きネザチャ民]

 へんてこネームねえ

 なんであんなのが流行ってるのか知らないが

 正直必死すぎて寒いよな

 

 669[名も無きネザチャ民]

 >>668

 は?

 あれなかったらネザバトみていないんだが?


 670[名も無きネザチャ民]

 即レス草

 そろそろはっじまるよー

 南東エリア、アオリン実況のとこな


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 自宅。路上。

 車内。ターミナル内。

 或いは専用VIP艇を用いて、仮想エリアの間近から。


 戦況を見守る彼らが待ち望む者は、半壊したビルの屋上にて濛々と立ち昇る黒煙の、その只中よりやってきた。


〖そんなとこに隠れても……逃がさないよ、サーズ!〗

「チッ! もう追いついて来やがったか、クソネコ!」


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