第2話 大人になる子供

3年生が自由登校となり、3年生たちがいた階から声が聞こえなくなった。校内は静まり返り、1年の中で最も寂しさが際立つ。いつも当たり前に響いていた声が消えるだけで、こんなにも違うものかと実感する。


先輩の卒業式は来週に控えていた。


放課後、いつもの教室へ向かう。そこには、いつものように教室の隅で本を読んでいる彼女の姿があった。

「先輩こんにちは」

「こんにちは」

先輩は本に目を落としたまま、いつも通りの淡々とした口調で返事をする。

「先輩は受験は終わっているんですよね?」

「推薦だからね」

「それなのに学校にきてるんですか?」

「この時期することが無くて暇なのよ、まだ受験を控えてる子もいるし」

先輩はそう言いながら、ページをめくる。

「入学の準備とかあるんじゃないですか?」

「ほとんど終わっちゃったからね、引っ越しの準備も終わったし」

「引っ越し?」

「大学から通うには少し遠いのよ」

先輩は読んでいた本を閉じ、こちらに視線を向ける。

「へぇーじゃあ先輩も来月から一人暮らしですね、どんなところですか」

「そんなに広くはないけど、トイレと風呂は別だし、一人で住む分には不便しない所よ、防犯面もしっかりしてるしね」

「そうなんですね、でも先輩、一人暮らしだからって、大学に行かずに本を読み漁るなんてことしないでくださいね」

「当たり前でしょ、私を何だと思っているの」

先輩は溜息をつきながら言った

「それにしても、実際日中は何をしてるんですか?」

「うーん……日中は車校にいって、終わったら学校で本を読んでるわね」

「車校ですか、そういえば通い始めたって言ってましたね」

「年明けからね」

「どうですか?順調にいってますか?」

「仮免は取ったから今公道で練習してるとこ」

「そんな危険な車両が野に放たれてるんですか?」

「馬鹿にしてる?ちゃんと教官が隣で監督してくれてるから安全よ」

「それは安心しました」

「野に放たれるのは免許を取ってからよ」

「自分で言うんですか…、それでいつ免許取れるんですか?」

「今週の金曜日、そこで受かればその場で免許がもらえるわ」

卒業式、先輩の口から出たその言葉に気が沈む

「へぇーじゃあドライブ連れてってくださいよ」

「うーん、分かった、じゃあヘルメット用意してきなさい?」

「事故る前提じゃないですか…」

「冗談よ、どこに行きたいか決めておきなさい連れてってあげるから」

「その発言なんだか大人っぽいですね」

車を運転する。それは、大人の象徴のようなものだった。

今まで年齢により制限されていた事が解禁されていく。先輩は解禁され自分は制限されたまま、大人と子供、たかだか一年の差なのに先輩が遠く感じる。きっと来年には気にならない事なのに、今はそれがどうしようもなく重くのしかかる。


「ドライブ楽しみにしてなさい」

そんな自分の気持ちも知らず、先輩は微笑みながら言う。


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