第20話 風景

 統一試験は三人ともボーダーは越えたみたいだった。

 12月に入って、担任からそれぞれ進路について面談が行われた。

 あたしは希望の文理は大丈夫そうとのことだった。凪は経済、大井は商学部、それぞれボーダーを越えたと聞いた。

 みんなが集まったあの日。あれから、本当に三人が変わったのがおかしかった。

 目に見えて、そういう例えって本当にあてはまるんだと笑ったくらい。

 凪は、真希さんさながらに、それはわがままとかではなく自由奔放という言葉がハマる感じになっている。迷惑なところまで似ないといいな。

 大井は、頑固さや意地っ張りが鳴りを潜め、人当たりも穏やかで、大井を知ってる人間からは目を丸くされた。

 本人はどこが変わったかわかってないみたいだけど。彼女できるとこうまで変わるもんなんだ、とあたしは感心してる。相手が凪だからかも。

 あたしは、自分ではよくわかんなかった。

 ただ、表情が豊かになったと梓さんに言われた。ちょうどそばにいた二人にもうなずかれたのを覚えている。造るのが面倒になったのは事実だけど。

 それでも生活が何が変わることはなかった。

 授業も消化試合みたいな空気で、先生の方も慣れたものだった。もともとウチの教師陣はOBが多いのもある。

 期末も特に問題なく終わり、試験休みに梓さん達が推薦が決まったお祝いをしてくれるとのことで、あたしは沙羅双樹に向かうのに駅で大井と凪の二人を待っていた。

 白のロングダウンで立っていると、見覚えのある顔が前に立った。クラスの女子二人と男子二人だった。

「御堂じゃん。何してんの?」

 以前の凪をもっと軽くチャラくした感じの女子。名前は……村上?だったかな?

「友達と待ち合わせ」

「え?男?」

 すぐに男と結びつけるのはどうかと思うけど、クリスマスもすぐだからかな。

 この子、苦手。隣の……山根?山佐?あ、山形だ、も苦手。薄っぺらい感じしかしない。

 二人ともメイク濃いめだし、あたしと空気が違うっていうか。

「御堂、暇なら一緒に行かない?」

 後ろにいた背の低い男子が、なんか異様に高いテンションオーラで声をかけてくる。

「だから友達と待ち合わせしてる」

 笑った顔で答える。愛想笑いじゃなくて、呆れて笑った。人の話聞かずに自分の話優先のタイプ。名前……出てこなくて笑ってしまった。

「たまには付き合ってもいいじゃん」

 その横の茶髪に染めた男子が言う。本人はイケメン気取ってるけど、顔立ちはけっこうゴツい系。田沼?だっけ?

「待ち合わせのあと、知り合いのところでご飯食べるから」

「そういうこと。悪いねクラスメート借りて」

「なかなか後輩とご飯なんてチャンスなくてね」

 右を見るとグレーのフォーマルジャケットと黒いコートを着た瑞樹さん。横には当然実樹さん。

 左はベージュのコートを着た水沢さん……克也さんと紺のコーデュロイのコートの木乃香さん。

 両サイドからいきなり瑞樹さん達が出てきて、村上達が気圧されてる所に、背後からトドメのように声がかかった。

「悪い、ウチの彼女の推しの後輩だから」

「なんだ、田沼じゃないか?」

 低いけど染みるような声で御厨みくりやさん。横に沙羅さんもいる。

 田沼がその男性をポカンと見上げると、瞬間的に直立不動になって頭を下げた。

 凄味のある声と高い背でプレッシャーをかけたのは野沢匡のざわたすくさん。そのそばの小柄な女性──うん、大人の女性──は和音先輩!

 久しぶりに見た和音先輩はメガネを外してアップにまとめた髪に薄めのメイク、薄いピンクのジャケットに白のタートルとデニムの組み合わせは、制服の時を知ってるあたしには信じられないくらい似合っていた。黒い薄手のコートがすごくいい感じ。思わず見惚れそうになる。

「どうしたんですか、みんなフォーマルですよね?」

 実樹さんも白のパンツに黒のシャツ、瑞樹さんとお揃いのようなグレーのジャケットと水色のハーフコートだった。

「今日は瑞樹がボーナス出たんで、たまには着飾ってご飯でもしようかって」

 実樹さんが嬉しそうな顔で言う。

「村上と山形に津野と田沼、だっけ。あまり遅くならないようにな」

 克也さんがさわやかな笑顔で釘を差した。

 村上達は毒気を抜かれた様子で頷くと、足早に立ち去っていった。

「匡、田沼知ってたのか?」

 克也さんが不思議そうに聞く。

「去年、学祭に行った時に合気道部に顔出したらいた。俺がOBだって知ってるから青くなってたなあ。悪いことしたかな?」

 のんびりした口調で匡さんが笑う。みんなが釣られるように笑っていた。

 にこやかに計算ずくだろう笑顔。背丈以外はあまり表に出てこないけど、要所で必ず名前が出る先輩。平凡なわけがない。

「梓さん達は?」

 ついキョロキョロ探してしまったあたし。

 蓮見先輩と顔を合わせても、最近は普通に接することができる。逆に梓さんに会えないと悲しくなる自分に笑ってしまう。

「梓達は準備で先に行くって。さっきまで一緒だったのよ。隆一達は師弟トリオがエスコートよ」

 実樹さんはそのフレーズがおかしくて仕方ないらしい。あの日、あたしがボソッとつぶやいたフレーズ。

 結希さん、真希さん、絵里さん。

 三人とも個性的で、優しくて、怖い先輩達。

 ここにいる先輩達もそう。きっと、和音先輩や沙羅さんもどこかそういう部分があるんだと思う。

 あたしは克也さんの横にいる木乃香さんに顔を向けた。

 とてもキレイな人、そういう修飾しか表現ができない大人の女性。

「楓、でいいわよね?」

 気遣わしげな口調で木乃香さんが口を開いた。

「なんかよろしくない空気になりそうだから、ちょっとイタズラしようかって克也が言い出して」

 確かに知った顔でなければ、かなりの圧よね。

 あたしは思い出して笑ってしまう。

「よく笑うようになったね。うん、いい女よ?」

 木乃香さんが冗談めかして言う。

「こう言っちゃなんだが、笑ってる楓はやっぱり飛び抜けて可愛んだな」

 真面目な顔で瑞樹さんが言うと、匡さんがうなずく。

 お約束通りの実樹さんの脇腹への肘鉄はともかく、和音先輩が匡さんにローキックしたのはびっくりだった。

「と、とりあえず行くか」

 脇腹を抑えながら、それでも空いた片手で実樹さんの腰を抱えた瑞樹さんが言った。

 普段あんまり会わない、会えない人達。

 でも、会えば、そんな言葉が似合う空気を満たす人達。

 いつの間にか、あたしもその一部になってきてるのが嬉しくて、みんなに笑顔を浮かべていた。

「じゃ、行きましょう!」

 

 

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