第三話 漆黒の女

 カイラスの首都は大陸の中央と西端の海岸部の中間に位置していた。東西南北に街道を開き、カイラス全体に影響力を及ぼせる位置にあった。

 ナージス。それがこの都市まちの名前だった。

 十の自治領の集合体の為、政体の中心は都市中央部に建てられた議事塔になる。

 その議事塔から東西南北に大通りが延び、四つの市街エリアに分かれている。

 北東エリアに各役所を置き、右回りに首都及び政治関係者居住区、軍関係者居住区及び軍施設、一般居住区のエリア分けがされている。

 ナージス全体の専門学問研究、そして幼児教育から専門まで含めた学問教育を一手に引き受けて統括しているミルナ教育舎きょういくしゃは、軍人街と呼ばれる軍関係者エリアと一般居住区の境界に建てられていた。

 教育舎に行く職員、生徒が軍と一般の比率が多い為、その場所に建てられた。

 成形し焼いた土結晶岩つちけっしょうがんを組み上げた茶色の建物群は、ひと際大きな敷地に三階建ての本舎、研究舎、講堂舎が三角に配置されている。

 三舎さんしゃの中央にある敷地は運動、集会を見据えた広場になっていた。

 リーン・コールは本舎二階の自分の執務室の窓から、広場を眺めていた。

 広場は道草と呼ばれる短い草を植えて一面緑の敷地に整えられている。

 リーンは研究の合間に広場を眺めるのが常になっていた。

 艷やかな黒い髪が背中まで降り、切れ長の黒い瞳、厚めの唇、整った鼻梁が近寄り難い空気をだしている。

 普段着ている黒い研究者用の制服と相まって、漆黒の魔女などと嬉しくもない二つ名を周りからもらっていた。

 彼女自身は少ないながら気の置けない友人と笑いながらお茶を飲んでくだらない話もするのだが、そんな姿も妖しい姿に見られていささか閉口もしていた。

 結果、自室から出る機会を減らすことになり、広場を眺めるくらいしか気分転換の方法がなくなっている現状であった。

 元々彼女の所属はカイラス総軍本部戦理班で、本来なら軍本部の建物である軍政舎に席があるべきだった。

 ミルナ教育舎に一室を設けられている理由は、彼女が精霊と魔法──正確には魔術理論に精通しており、研究者として優秀であったこと。

 また、情報分析を主とする担当でもあり、情報の収集、分析等に資料の豊富な教育舎の方が効率的であること。

 最後に──これが一番影響しているが──彼女が実戦に出ると特定指揮官の指示以外の指揮を無視する傾向があり、軍首脳部のそれを毛嫌いする一派に圧力をかけられたこと。

 どこも面倒ばかりね。

 胸の内でつぶやき、軽い溜息をついた。

 自席の背後にある窓から見た広場は、十四刻という昼食の時間と相まって、学生や研究者達が思い思いの時間を過ごしていた。

「キャス、遠征組はどうなってる?」

 窓に顔を向けながらつぶやくように問いかける。

「リーンの予想通り。南部に奇襲。ロミナスが撃退。ロブとピエールはそれぞれ足留めされてる」

 机に向き直り、机の上に浮かんだ黒い霧状の球体に目を向けた。

 精霊、そう呼ばれる種族。

 彼ら──便宜的にそう呼ぶことに差し支えなければ──は、特定の形態を持たない。自身が許容できた相手と契約することで、契約者の望む姿を形作る。また、個体によっては有機物──人間以外の生命体と同化することもある。

 意識生命体アストラルサピエンス、とでも表現するのが一番近い存在と言われる。

「ついさっき、イーニャのそばにいるクロットから『感応シンパス』が届いた。セールの相手をしているハルベリーからはまだだ。まあ、あいつがマメだったというのは僕の記憶の限り、あった試しはない」

 いまだに自分がキャスと呼ぶ精霊のが、実際の声なのか頭に直接伝わる導波のようなものなのか、リーンには判然としない。

 精霊学者の研究では、契約者と精霊との信頼関係によって変化するため、どちらが常態なのかは定義出来ていないとのことだった。

 要するにどっちかわからないけど特に問題はおきてないからいいでしょ、ということね。

 他愛もないことを思い浮かべ、リーンが苦笑を浮かべた。

「戦場の方が気楽かね?」

 声だとすれば、キャスの声はまぎれもなく女性の好むような渋みのある男性の声だった。

「そうね、暇を持て余すことだけはないから」

 そう言いながら、処理しなければいけない案件がいくつかあるのを思い浮かべ、苦笑に自嘲が重なった。

「セールのお守りをしないだけマシかも」

 微妙な関係の男を思い浮かべ誰にともなくつぶやく。その時、入り口の扉がノックされた。

「どうぞ」

 入ってきたのは、手に書類の束を持ち、紺の教育舎の制服を身につけた女性だった。

「コール大尉、追加です」

 金髪をベリーショートにした女性士官は高い身長で見下ろすようにリーンに告げた。

 肩幅も女性にしては広く、服の上からでも鍛えられた身体なのが明らかだった。

「マイラ、あたし、あなたに何か嫌われることしたかしら?」

 マイラ・アルミオス中尉は申し訳なさそうに肩をすくめた。彼女はリーンが教育舎に席を移す際、護衛兼副官として要望した女性だった。

 シャープな輪郭にやや垂れ気味の目元が大きめの瞳と厚い唇に相まって色っぽく見せている。

「大変申し訳ないのですが、わたしに出来るのはお届けすることだけでして」

 言いながら厚みのある書類の束をリーンの机の上に置く。キャスの存在に気づき、慎重な手つきでその横に置くマイラの姿に、リーンが微笑んだ。

「そうね。あなたに文句言うのは筋違いよね。それにしても──」

 リーンが置かれた書類を怪訝そうに見た。

「これ、方陣衆から直接きてるの?」

 方陣衆──カイラスの首脳部を皆そう呼ぶ。決定する部屋に置かれた、正方形の枠のような配置のテーブルから来た呼び名だった。

「そのようですね。どうも、今回は大っぴらに動くつもりらしいです」

「キャス、どう思う?」

「遠征組に奇襲を。そういうことではないかな?」

「それを大義名分にして、停戦解除、とりあえず南に目を向けさせておいて山脈辺りから陽動、本命は北の正規軍本隊でミーゲル北の交易都市占領、そんなところかしら」

「わ、わざと、ですか?」

 マイラが信じられない顔でリーンをとキャスに交互に顔を向けた。マイラにもキャスの声は伝わっている様子だった。

「戦費の問題よ。得るものが少ないのにダラダラ続けるのは方陣衆それぞれの領地の衰退を招くわ。でも、手を引くにも相手がちょっかいかけられないようにしないといけない。勝ってそれなりに身内に褒美もあげなきゃいけない。だから、どこかの都市を落として、時期が来たら返す、そんなこと考えてるんじゃない?」

「そんなに簡単にいくものですか?」

「そのために駄々こねるセールを南に行かせたのよ」

「予想の斜め上いかなきゃいいのだがね」

 キャスの声に笑いの微粒子が含まれていた。

「嫌なこと言わないでくれる?」

 顔をしかめるリーンを見て、マイラが微かに笑う。

「アルゴー少佐は変わりませんね」

「変わりようがないわ。変わるくらいなら軍を辞めて放浪すると言ってるくらい」

「そのセールだが、動いたようだ」

 キャスの言葉にリーンが黒い塊に視線を向けた。

「ハーベに敵前衛部隊が踊り込んできたようだ。

 ハルベリーからの『感応』では、義勇兵名目で参加する、止めても無駄になるので止めなかった、だそうだ」

 セールらしいわね。

 知らず、口元に微笑が浮かぶ。

「マイラ」

「はっ」

 呼びかけた声も、反応した声も、先ほどまでの柔らかさは消え、鋭利な空気をまとうような口調だった。

「戦理班全員を招集。一刻後に軍政舎」

 胸に拳を当てる敬礼を返し、マイラが部屋を飛び出していく。

「やれやれ、まるでピクニックにでも行くような顔だね?」

「似たようなものね」

 楽しそうな笑顔で、リーン・コールは立ち上がった。

 後にリーンが「漆黒の女狐」と呼ばれるきっかけとなった、南方の長い戦いの始まりであった。


 




 


 

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