付/山の侵略者/弐
「まず、御鷹山の現状について軽く説明しておこうか」
そう言ったのは、現地の男性怪討。だらしない体型にだらしない格好だが、その顔は真剣そのもの。
そして、彼の実力を同じく現地の怪討である風香と以前から付き合いのある真鈴が知っているのは勿論、初対面の智磨も初見でそれを把握できているだけに、彼を見て笑う事はない。
「大前提として、御鷹山は本来、天狗のテリトリーだ。一般にもその伝承は広く知れ渡っているし、そのあたりは普段ここらで活動しないアンタらにも理解できていると思う」
彼がそう言うと、真鈴は「まあね。あまりにも有名だからなあ、御鷹山の天狗は」と相槌を打つ。
智磨もこれには異論はない為、黙って頷く。
御鷹山と天狗は切っても切り離せない関係にある。
古来より天狗信仰なる言葉もあるくらいには、天狗と御鷹山の結びつきは強い。
その為、怪異と接する事の多い怪討ともなれば、そのあたりの事を自身のアンテナが拾うのはごく自然な事。
そんな二人の様子に大前提が理解してもらえている事を理解した彼は「ここまでは大丈夫そうだな」と頷く。
「さて、そんな天狗だが……最近はまあ、少しずつ数を減らしていっている。少しずつ人間との共生を選んで行った結果として、儂やコイツみたいな天狗の血を引くものが生まれた訳だ。コイツに至っては両親はどっちも人間の隔世遺伝だからな」
そう言って男性は風香の頭をわしゃわしゃと雑に撫でる。
これに対し「髪が乱れちゃうじゃないですか!」と風香が抗議をするも、そんな事は知らぬと彼は説明を続ける。
「まあ、一応補足として。純粋な天狗に関して言えば、普段は御鷹山の奥深くに隠れ潜んで暮らしている。――完全な余談だが」
「現代に生きる妖怪の類となるとそうなりがちだからねぇ……」
彼の説明に対し、理解を示すように真鈴がそう口にする。その真鈴の言葉を受けて智磨もまた霊ノ川の事を思い返す。
霊ノ川に住む河童も人目を避けて隠れ潜んでいる。表立って何かをする事は殆どなく、川で静かに暮らしている。
過去に色々あったのも事実ではあるが――それはそれ、というものである。
そんな風に考えを巡らせた智磨の耳に「で、だ」と彼の言葉がすっと入る。
ここからが重要な内容なのだろう、という事がわかる位に声色がまた一変し、それを受けてより一層智磨と真鈴の顔が真剣なものとなる。
「今回、その隠れ潜んでいる天狗からの救援要請が届いた」
その言葉に真鈴が「それは、穏やかじゃないな」と口にする。
智磨もどういう事かを理解して目を大きく見開く。彼は状況を理解するのが早い二人を見て「流石は一等と特等だな。理解が早くて助かるよ」と言いながらチラリと風香を見やる。
「何、どういう事?」
「お前もこれくらいにならないとなあ?」
暗に理解が遅い、と言われている事に気づいたのか風香は一瞬苛立ちを顔に浮かべかけるが、寸での所で怒りを抑えたのか「今は私の事じゃないでしょ師匠……」と口にする。
これには「すまんすまん、ちょっと欲張っちまった」と彼は謝罪を口にするが、そこに果たしてどれほどの謝罪の意志が含まれているだろうか。
二人がどのような関係かをあまり把握していない智磨からすると、この二人のやりとりに対しては何も口を挟めない。
状況からして、自身と真鈴の関係に近いだろうか、と智磨は認識している。とはいえ、自身が特等で真鈴が一等という関係とは異なり、彼が一等で風香が二等という事を考えると同一の関係、という訳でもないというのを理解していた。
だからこそ、このやりとりが普段通りのものなのか、そうでないのかを智磨からすれば知る術はない。
その為、どうにも口を挟めないな、と思っている所に真鈴が「それはいいとして」と二人のやりとりを遮る。
「天狗から救援要請があった、って事は救援要請をした天狗は無事ってコトか?」
真鈴がそう尋ねると、風香とのやりとりを中段して彼は「あぁ、その通りだが、今は療養中だ。かなり重症だ」と肯定はするものの、都合の悪い事実を口にする。
それを受けて真鈴は「うーん、厄介だな……」と悩む素振りを見せる。
天狗というのは、山の神ともされている事があるだけに、山という自身のテリトリーにおいては凡そ敵がいないと言える。
有名所で言えば、K府の方で伝わる鞍馬天狗に至っては、牛若丸――後の源義経に剣術を教えたとされる鬼一法眼と同一視される等、戦闘力という意味でも怪異の中では上から数えた方が早い位には強いと知られている。
それにも関わらず、御鷹山でその天狗が救援要請をした上に現在療養中、という事実はあまりにも重い。
「そりゃ、コイツを呼ぼうって話にもなるわな、こりゃ」
真鈴がそう零しながら、チラリと智磨の方を見る。
その智磨はと言えば、普段と変わらない様子で「で、これからどうする?」と尋ねる。
確かに、天狗程の存在が救援要請を出したという事実は一般的に言えば一大事である。それは間違っていない。
しかしながら、そのような事は智磨にしてみれば些末な事に過ぎない。
そんな好戦的とも言える智磨の発言に彼は「……流石は特等。動じないねぇ」と彼女の様子に感心しながら口を開く。
「そうだな。悲観的な話はここまで。これからはどうするか、について話そうじゃないか」
そう言って彼はパン、と両手を合わせて音を立てる。
相変わらず深刻そうな顔をする風香もこの音でハッとして顔を上げる。
「まず、今回は特等っていう最高戦力を引っ張ってこれた。この時点で負けはない」
彼の言葉に深く頷く真鈴。
それでも尚不安そうな風香。
そんな二人を眺めるだけの智磨。
三者三様の反応を受けながら、彼は説明を続ける。
「肝心の作戦だが、儂と真鈴で事前に探知札を御鷹山に仕込む。その後、特等と風香の
そう言いながら、彼はどこからか取り出した地図を「ほら」と言って真鈴へと手渡す。
受け取りつつ流れで地図へと目を通した真鈴は「このご時世に手書きか……」と小さく文句を零すと「何か?」と返され「な、なんでもない」と誤魔化す――誤魔化せてないのはご愛敬である。
真鈴のその言動を暫し眺めてから風香が「ちょ、ちょっと」と割り込む。風香の焦ったような顔に「どうかしたか?」と彼が尋ね返すと「どうした、じゃないって」と風香は言い返す。
「わ、私が前線……それも特等と一緒に? 無茶ですって!」
今井風香は二等怪討である。それは動かぬ事実としてあり、この場にいる四人の怪討の中では最も低い等級である。
勿論、二等怪討は別に劣っている訳ではない。
寧ろ、風香の歳で二等怪討というのはかなりの有望株と言ってよく、将来的には一等怪討として下の等級の怪討を率いたり、指導したりと言った事が考えられる位にはエリートと言えよう。
しかしながら、それは未来の話であって現在の話ではない。
四人の中で最も劣っているのは事実であり、そのような状態で特等怪討と同じ現場というのは危険でないか、と考える風香の感性は極めて自然なものと言えよう。
そんな風香に対して「お前なあ……」と彼は呆れたように口を開く。
「そう言ってお前を後方に回した所で、お前、後方で何やるか知らんだろ……」
彼のその言葉に「うぐ」と風香は図星をつかれる。
そのやりとりを見た智磨は、風香が現場での戦闘に訓練の多くを費やした前衛型である事を理解する。
「……つまり、私は風香の
智磨のその言葉を聞いて「
そんな様子に「やれやれ……」と彼は口にしてから「その認識で構わない。コイツには出来る限り、経験を積ませてやりたいんだ」と智磨に対して言う。
「怪討ってのは、危険かもしれないが現場での戦闘が一番の経験になる。最近、同格の相手を倒して経験を積んだ気になっているようだけど、格上が相手になる状況ってのを経験しないと、一等と二等の間にある壁を破れはしない」
「確かに。二等から一等ってのは相当な鍛錬が必要になるが、一等以上がどんな存在かを確り理解しないと努力の方向性もわからないからな。こればっかりは経験しなきゃどうにもならないのは確かにそうだ」
彼の言葉に、同じ一等怪討である真鈴がうんうん、と深く頷きながら同意して補足を加える。
そんな一等怪討から頼りにされている智磨はと言えば、智磨は全日討の怪討となったその瞬間から特等怪討という肩書きだったが為に、そのあたりの事を一切理解できない。
生まれ持っての特別。生まれ持っての最強。
勿論、智磨だって努力はしている。だからこそ、自身の能力を十全に引き出し、周囲からの好評につなげる事ができているのだから。
とはいえ、一等と二等の間にある壁、というものには一切ピンと来ておらず、そこについては僅かばかりの疎外感を覚えるのだった――。
その日の夜。御鷹山の
いつものようにコスプレ用の学生服を身に着けた智磨が待ち合わせ場所に到着すると、そこには山伏の格好に濡羽色の翼の生えた姿の風香が待っていた。瞳も昼間とは違い金色に輝いていて、その姿からは猛禽類を連想させる。
集合時間五分前ではあるが、後から着いた事もあって智磨は「すまない。待たせた」と謝罪を口にすると風香は「いや、こっちもあんま待ってないから大丈夫」と心底から気にしていないという意志表示をする。
そんな二人の首元には咽喉無線のマイク、耳にはイヤホンがつけられていて、そのイヤホンからは『二人とも、所定の位置についたな』という真鈴の声が届く。
「真鈴、そっちの首尾は?」
『誰に聞いてんの。今、二人のスマホに送った地図には、探索札を仕掛けた地点がマーキングされている。確認できるか?』
そう言われて二人はスマホを取り出すと、地図のデータが遅れている事に気が付く。
手慣れた様子でその地図を開くと、真鈴の言っていたように御鷹山周辺には幾つか×印が記されていて、それが探知札を仕掛けた地点なのだろう、という事が二人にはわかる。
探索札。智磨は前にも使った奇力を発する怪異を見つけ出す為に用いられるお札である。
器用な真鈴はこれを多く作成して、こうした作戦の際に用いている。
藁科真鈴という怪討は、その戦闘能力においても間違いない一等怪討としての実力を持っているが、彼女が一等怪討の中でも高く評価されているのは、こうした他者にも扱える対怪異の道具を作成できる点にある。
こういうスキルを持っているからこそ、他の怪討との横のつながりを多く持ち、そんな彼女だからこそ智磨を連れ回す事で自然と智磨を多くの怪討に紹介できる――という事情がある為、こうやって智磨と一緒に行動する事が多い。
そして、今回智磨と組むのが風香という二等怪討というのも、智磨の横の繋がりを広げよう――と言う真鈴の思惑なのだろう、という事に智磨は思い至っていた。
ちらり、と智磨は風香を見やる。その顔には緊張が見られる。
無理もない。今回はあまりにも情報が少ない。地元の天狗がやられた、という情報しかない。天狗の強さは智磨よりも地元である風香の方がより深く理解している。だからこそ、今回の相手を恐怖する理由が確りとある。
しかしながら、臆していては勝てるものも勝てない。
戦いにおいて重要になっているのは力や技だけではない。心も大事であると智磨は冬から春にかけて理解したつもりである。
だからこそ、このままではいけないと思い「大丈夫」と言って風香の濡羽色の翼を優しく撫でる。
「ひゃっ!?」
と驚いた声をあげる風香。
どうやら、あまり触ってよい場所ではなかったらしい。
「な、何をするの!」
「いや……なんかごめん。でも、緊張はとれたでしょ?」
声を荒げる風香に申し訳なく思いながらもそう返す智磨。
少なくとも、少しは平常心を取り戻せたと風香も自覚できたようで「ごめん、声を荒げて」と謝罪を口にして、智磨は「別にいいって」と気にしていないと暗に示す。
「……それじゃ、これより探索を開始する」
咽喉無線のマイクのスイッチを入れつつ、智磨はそう宣言するのだった。
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