第26話/あの日の後悔

 四年前の秋。まだ忍が心を閉ざす前の夕日が差す体育館裏。


 中学生の忍は、一見小学生と見間違うほど小さな幼馴染の少女桂月樹けいづきいつきを呼び出していた。


「しの君。話ってなに?」

 ――放課後の体育館裏……もしかして告白? しの君ベタだなぁ。


 可愛らしい声色で忍をしの君と呼んだのは紛れもなく樹。聞きなれた淡く高いその声に胸を昂らせ振り向くと、片腕を掴んで忍を澄んだ瞳で見つめる樹がおり、ミディアムヘアの栗色の髪は秋風に揺れていた。


 子供のような容姿だが、その目は鋭く子供と呼ばれないように努力しているのが伝わってくる。


 努力しているその姿や、ずっと一緒にいた幼馴染だからこそ意気投合することもあり、彼は彼女に惹かれたのだ。


 しかし好きになった以上、親から言うのを止められていた心の声が聞こえるを伝えなければならない。それらを含めこうして人気ひとけがなく、見られる心配もない体育館裏という告白定番スポットへ呼び出したのだ。


「しの君? どうしたの? 用ないのに呼んだとかじゃないでしょ?」

 ――乙女を焦らすなんてしの君やるなぁ。


「あー、えっと……ちょっと待って緊張が」


「いいよいいよ、ゆっくりで。私はちゃんと待つから」

 ――そんな焦らなくても私は逃げないから大丈夫だよ~。なーんて言えないけど。落ち着いて気持ちを言ってほしいなあ。


 他にも心の声を聞いてきた彼にとって、周りから聞こえる心の声は、底の見えない沼のようにどろどろ纏わりつく嫌な感じばかりだが彼女の声は、ただひたすらに耳に残る綺麗な声の音色。その声が放つ心の声はまっすぐで、一番落ち着ける。


 ずっと一緒にいたい。ずっと樹の声を聞いていたい。だがその願いをつかみ取るために、彼にたった一つの条件が課されている。深く息を吸い込み、長く息を吐く。呼吸を整えて、樹に伝えたいことを頭の中でまとめて、忍は言葉を繋いだ。

 

「……樹。俺は樹のことが好きだ。でも言わなきゃならないことがあるんだけど……いいか?」


「うん? 告白は嬉しいしもちろん喜んでだけど、言わなきゃいけないことって?」

 ――今更何を聞いても……。


「……俺は心が読める。今まで通じあってるような感じがしていたのは、心を読んでいたからなんだ」


「心が……読める?」

 ――またまた冗談を!


 を言い出した忍に小首を傾げる樹。他者からすると、他人の心が読めることはありえない話。一部の人はほしがる能力だが、現実味などありはしないもの。故にその言葉を信用できないのも無理はなく、冗談だと心の中では決めつけていた。


 だが、当然その反応は予想していたもの。仮に立場が逆転していたのならば忍だって同じことを言っていただろう。そこで信憑性を高めるべく、彼女の心の声を掬いつつ、隠していたことを話した理由と、樹へと抱く気持ちを改めて告げる。


「冗談じゃない。……俺は生まれつき心が読める。だから周りから変な目で見られることが多かったけど、周りの事なんて気にしないで俺のことを気にかけてくれて……話も合って毎日が楽しくていつしか樹のことが好きだなって思うようになった。そして樹も俺に好意を持ってることをこの力で知って告白する決意ができた。じゃなかったら振られた後のこと考えて告白なんてできないから。でも告白するならまずはこのことを話さなきゃって思ってた。樹なら俺のこの力のことも理解してくれるって思って――」


「――もういいよ。気持ちは分かった。でも……人の心とか思ってることとか、何食わぬ顔で聞いてたんだ。最低だね……しの君がそんな人だとは思わなかったよ。それにその力があって合わせてくれてた……? 意味が分からない……人の心にずけずけと入り込んで盗み聞きだなんて……死ねばいいのに」

 ――だって……一緒に泣いて笑ってた時も合わせてくれてたってことでしょ。それは違うよ……。私は……ただ単に話が合って、一緒にいるのが楽しいって思ってたのに。


「で、でも俺は、自分の気持ちで……」

 

 告白し明るい表情を浮かべていた時から一変し、悲しみと怒りが入り交じった複雑な顔色で、俯いてそう告げた。


 その言葉にショックを受けた忍は、戸惑いを隠せていないなかで樹の様子を伺いつつ、一歩前に出て誤解を解くために口を開こうとした。しかし「それ以上近づかないで」と、彼女らしからぬ低い声色で釘を打たれ、足が地面にこびりつく。


「……気味が悪い。もう私から何か言うことは無いから……ごめん」

 ――こんな形で、関係を終わらせたくなかった……。


 俯いたまま忍を避けるように一歩引き下がった樹は、悲しみに煌めく涙を零してそのまま走り去って行った。


 それから一瞬にして敬遠となった二人。仲直りしようと、謝ろうと樹に声を掛けようとする度に彼の心臓がぐっと縛られ続けていた。樹もどことなく申し訳なさそうな顔色を浮かべていたり、言い過ぎたなと心で呟いていたこともあったが、結局壊れた歯車は元に戻ることはなかった。


 いつも仲良しで、いつか付き合うのではなんて噂をされていた存在だからこそ、今の状況に彼らの間に何かあったのだろうと周囲の生徒は気づいていた。


 そして小さな噂が大きな噂を運び、やがて忍の周りには誰も近づくことはなくなった。同時に悪質ないじめが始まった。


 まず先に起こったのは陰口。これに関しては学校内では絶えない現象が故に聞き流すことなど容易だった。

 

 次に起こったのは授業の内容を写すノートに落書き。石投げ。やることすべてが幼稚極まりないものだが、いじめを行う者たちのストレス解消には彼という存在が丁度いい的だった。


 そして驚くべきことに、そのいじめは樹が発端ともいえる状況にあった。というのも噂自体は他の人からのものだったが、その噂の種を植えたのは樹である。忍が他人の心の声が聞こえることを、誰にも言わない秘密にしているのを知っているはずだが、樹は口を割ったのだ。彼を信用できない今、一番信用ができ、色恋の相談に乗ってくれていた友達に。


 しかしそれが間違いだったことは当時の樹は知る由もなく、その友人から尾ひれがついた噂が流れ、同情した生徒がこぞって忍の精神を削った。


 当然樹は。悪質ないじめも基本的に彼女の目に届かない場所で行われているからだ。


 そうとは知らず忍は噂話や加害者の心を読み、犯人は樹だと確信。一番信じていた存在が元凶だと思い込み、人を信じることをやめた。そして人のことを恐れるようになり始めた。


「いい加減認めたらクソ男。人の心を勝手に読んですいませんでしたぁって。樹だってそれで傷ついて謝りもしないって言ってたし。ていうか私たちの心も勝手に聞いてたんでしょ? 気持ち悪いにも程があるんだけど。何を思って神はこんな奴が心の声を聞こえるようにしたんだろうね。あーでもここまでして謝ることもないしクズ過ぎるからせめてもの慈悲だったのかな? まあ謝ったところで許すわけないんだけどね?」


 樹がいない時を見計らい蔑んだ目を向ける女子生徒。耳を傾ける必要などないとわかっているが、毎日のように繰り返される行為。きっとここには自分の居場所はない。


 あのとき、自分のことを話さなければ。樹のことを好きにならなければ。きっとこんな思いをすることはなかった。

 

 その意識が、想いが、自分自身を追い込み、やがて現実から逃れるために学校へ登校することすら、彼の身体が、心が拒み、不登校の生活を送るようになった。


 毎日が暗い世界。生きる意味すら見いだせず、自分の力を恨む日々。


 もういっそ、この力なんて消えてくれればいいのに。そうすれば誰も傷つかないのに。


 そう思った直後。彼のはすべてを消し去るかの如く、無の暗闇へと切り替わった。


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