4章

第20話/一縷の望み

「ねぇ、菊城。あんた梅に何かした?」


 期末テストが無事に終わったある日の放課後、忍は梅花ではなくクラス委員長の瑠璃に捕まっていた。


 わざわざ人気ひとけの少ない多目的室へと呼び出し、逃げられないように壁に追い詰めて壁ドンしている。


 これが噂の壁ドン……と感動する忍だが、相手が相手のため胸に来るものなど一切ない。それどころか彼女の言葉の意味が理解できていない。


「なんかしたとは?」


「しらばっくれる気?」


「いや本当に心当たりがないんだが」


「しらばっくれる気?」


「お前それしか言えないのかよ……」


「しらばっくれる気??」


「お前どこのNPCだよ。さっきよりも疑問形強調すんじゃねぇよ。というか本当になんの事だよ」


 今にもいつも所持しているカッターを手に持ち、それを刺してきそうなほど殺意が籠る鋭い眼光で睨まれ同じ言葉を繰り返す。何度も繰り返すたびに自身が望んでいる答えが聞けずにいたが、何度聞いたところで答えが変わらない。何も知らない冷静沈着な彼からそう悟り、質問することを諦めて壁から手を離し肩を並べる。


「いや……知らないならいいんだけど……ほら最近梅来てないじゃない。特に今日はテストがあったのに来なかったでしょ。一応連絡もしてみたんだけど、ほとんど繋がらないしライムに至ってはこれだから」


 そう言って瑠璃は自身の端末を見せてきた。彼女自身クールな感じの印象だが、スマホはやけに可愛らしくそのギャップに彼の思考は一瞬止まる。


 それに気づいたのか、瑠璃はささっとスマホを隠して。

 

「そんなに見ないでくれる?」


「そんな無茶な。とはいえなんかイメージと違くて驚いた」


「私だって可愛いものくらい好きなんだけど。じゃなくて、画面を見て」


 改めてスマホを見せてくる瑠璃。その画面をちゃんと見てみれば梅花と瑠璃のやり取りメッセージがいくつか表示されていた。瑠璃とのメッセージを見ていても梅花のメッセージは忍とやり取りをする時と同じで元気が有り余っている。しかし梅花が休んでから今日まではどことなく元気がないような、淡白な言葉ばかりで妙な違和感しかない。


 また会話の内容も大分変っており、休んでからの会話は極めて簡単なものにとどまっている。突然態度を改められまるで会話を拒んでいるようにも感じるもの。もし同じ立場だったならば彼も困惑するか苛立ちを覚えていただろう。


「わかる? なんというかいつもより塩らしいというか、なんか変なんだよ。本人は何でもないって言うんだけどさ……それで、いつも菊城の事ばかり言ってたから、あんたなら何かわかるかと思って。もしくは何かしたのかと思って」


「そういえば……」


 梅花が休んでいることは知っていたが、体調不良で休んでいるのだと思っていた忍。だからこそか、自分に連絡が来ていないことも、連絡自体かなり減ったことも気に留めておらず、平然とした様子でこう言った。


「確かに変な感じはするが体調崩してるんじゃないのか? 別に気にするほどでもないだろ」


「人が真面目に困って聞いてるのに気にする必要ないなんて……刺されたい? いや刺して良い? いいよね?」


「真面目な話のわりに凶器を持ち出して脅すのはどうかと思うぞ? はあ……でも本当に俺はなんも知らないぞ。ただ……あの後――」


 またも凶器になりうる刃物をポケットから取り出した瑠璃を落ち着かせるため、忍は勉強会の後、買い物途中で遭遇し違和感を感じたこと、忍の家で晩御飯をごちそうしたこと、その後のさらなる違和感について話した。ただ瑠璃は梅花を保護対象として見ており彼女にとって忍は敵のようなもの。そのため事情があるとはいえ家に誘ったことを話すということは彼女の怒りを買うことになる。


 つまり――。


「なるほど……そして手を出して引きこもりに……やっぱり男ってクズしかいないんだね。てことで刺す」


 カチカチカチカチと彼女の手に握られたカッターナイフからゆっくりと切っ先が繰り出され今にもそれを忍に突き立てまいと殺気だっている。もしもここが学校ではなく、そして法なんて関係ない世界なら既に殺されていたかもしれない。その恐怖に背筋を凍らせつつ、誤解をしっかり訂正して一旦の最善策を述べる。


「いやまてこらヒステリック女。手なんか出してないって言ってるだろ」


「つまり梅に魅力がないと。ふうん……刺す」


「何言っても地雷なのやめてくれ。ともかく、だ。ただ体調悪いだけかもしれないし、少し様子を見てみた方がいいんじゃないか? なにも絶対に外からの影響でこうなったとは言えないからな」


 濁して彼はそう言葉を発したが、彼女が学校に来ていない原因について、思いつく節が一つだけ彼の中に存在した。瑠璃に事の経緯を伝えた際に思い出した梅花の心の声。


 ――でもお母さんにやられたなんて絶対言えないし……。


 お店で彼女の頬が腫れていることについて問いただした際に聞こえた、悲しい声色の言葉。もしも彼女が実親から暴力を振るわれていたとするならば。もしも、彼女の親が俗に言う毒親ならば。そのもしもがパズルのピースの如く綺麗に嵌っていき、学校に来なくなった理由がそれによるものだと推測できた。


 しかし、その推測は梅花の心の声によるもの。つまり瑠璃にはそのことを伝えることはできないうえ、協力も仰ぐことができず、様子を見るしかないと提案を投げる。


 彼が殆どゴールに近い憶測ができていることを知らない瑠璃は、その提案を飲むことしかできず、悲しい顔色を浮かべていじける。


「……そうだね。確かに私の思い過ごしかもしれないし……ごめんね。でも妹ちゃんいるとはいえ、年頃の女の子を……それも梅を家に引き込んだのは許さないから」


「だからって刺そうとするのはやめてくれ……心臓に悪い。というか本当に刺されたら死ぬからな?」


 いじけたのかと思えば、急にヒステリックな思考で殺気をぶつけられる。とはいえなんとか委員長を納得させることができ、彼は安堵した。


 逃げ場を失わせるための壁ドン状態も解かれ、行き場を失ったカッターはしっかり刃先を戻し彼女のポケットに入った。


「とりあえずしばらくは様子見るとして……でも本当に困ってるようなら助けてあげたいんだけどな……うーん、どうにかして知る方法ないかな……」


 そこまで無い胸を押し上げるように腕を組み考え込む瑠璃。探りを入れようとしている時点で、彼女にしばらく様子を見ることはできないと悟る。なんのために様子を見た方がいいと提案したんだなどと彼女には言っても無駄だと気付いた。


 故に仕方ないと腹を括る忍は。


「……委員長は待つことができなそうだし、俺が何とかしてみる」


「一番仲のいい私ですらこの塩対応っぷりなのに? どうせ無駄だよ。ざまあおつ」


「お前……助けを求めてるのか敵を作りたいのかどっちかにしろよ……それに一番仲がいいからこそ言えないってことも考えられるだろ」


 瑠璃の言う通りで彼が連絡したところで瑠璃と同様な態度を取られることは、忍も理解していた。ならばどうやって聞き出すのかと言えば、梅花の心の声を聴くことである。もちろんそれを瑠璃に話したところで信用されることはなく、仮に信じたとするなら再び凶器が登場し面倒なことになると推測できる。故に彼は聞いてみるとあながち間違ってもいない嘘を吐き適当な理由を繋げたのだ。


 しかし聞いてみると言っても梅花は不登校。可能性の段階ではあるが、監禁されていることも視野に入れれば、心の声を聞くことは難しいものだとわかる。


 彼女の家に行ったとしても監禁されている可能性がある以上、迂闊に近づけば梅花が傷つく可能性も出てくるため、不用意に近づくことはできない。となればもはや打つ手はない。


 もはや唯一彼女の心の声を聞ける方法は、偶然外で出会った時のみくらいか。念には念をと吾妻先生にも情報を聞くことにするのだが、梅花が無事であることに一縷の望みをかけるしかなかった。

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