第4話/発作
「――絶望だ。とか嘆いてたのによく俺の元に来る気になるな。お前のメンタルは鋼でできてるのか?」
「私の心はアイアンハートだからね! あれくらい平気よ。どや」
――鋼メンタルという名のガラスハートだけどね。ま本当にあれくらい平気だし? 梅花ちゃんは経験豊富だから? どうってことないんだよ? なーんて言えないけど。
「へえ。嘘を吐く暇あるならどっか行ってくれ」
「つ、つれないなあ……!? 嘘ついてないのに……!?」
――待って、なんで今の嘘ってわかったの!? 割と完璧に騙せたと思ったのに!
あれから数日。昼休みの時間で忍は図書室にて小説を読んでいた。どこに行っても彼女がおまけのように現れるのだから、ならばと物語の中に入れば周りから聞こえる心の声を遮断する作戦に出たのだ。
結果はいわずもがな失敗に終わった。しかし集中することで周囲の音を現実から切り離せるのは事実のうえ、それは彼の耳に届く心の声も例外ではない。
しかし完全に遮断できると言えないのは、彼の前に座り、にまにまと気味の悪い笑みを浮かべて見つめてくる梅花が原因である。彼女の内から響く透き通り張りのある声はどれだけ無視を決め込んでも、聞き流そうと努力しても必ずと言っていいほど彼の耳を
それに忍が自身なりの苦手の定義を述べ、追い討ちをかけるように関わりたくないとはっきり言ったにも関わらずだ。そこまで嫌悪を抱かれては近寄りがたく話し掛けることなどしないものだが彼女は何も気にしていない様子だ。自信満々に鋼のメンタルを持っていると自負するだけはある。とはいえそれが嘘だと暴かれたと瞠目を開いており、気焦りをすると嘘を隠すように言葉を紡いだ。だがそれすらも見破ってしまう彼の態度に不機嫌な顔を浮かべた彼女は手足を伸ばして彼に近づく理由を述べる。
「……私はさー、菊城くんと仲良くなりたいって思うし、菊城くんいつも1人で寂しそうだしさ、なんか“放っておける”だよ」
――この私が君をぼっちから救ってみせよう! なんてキザなセリフは恥ずかしいから言えないけど!
「放っておけるなら、放っておいてくれ」
「違う違う放っておけないの! でも言い間違えもちゃんと突っ込んでくれる辺り、優しいね」
――また嘘がぁぁ! というかいつも嘘を見破るくせに、都合が悪いと嘘の方拾って来ないでよぉ!
無意識の嘘に翻弄される梅花。表上冷静を保ち自慢げに頷いているが、内心では相当荒れており、執拗に頭を搔いて唸っているのが容易に想像できた。
だがそれはそれ、これはこれ。例え構ってくれと言わんばかりに言葉を投げられても、心の声が煩く時折笑いそうになることもあれど、本から視線は外さない。元より梅花とは関わりを持ちたくないと言っているのだから当たり前の反応だ。
それだけ嫌悪感を抱かれていると知ってもなお、こうして彼の元に来て話をするのは、彼にとってストレスとなり怒りが募るもの。特に読書に集中しようとしているのにもかかわらず、邪魔をしてくるのだから尚更怒りが上ってくる。
これ以上話を続ければ間違いなく爆発してしまうと悟る彼は本のページを捲り、正面で堂々と心を開いてこようとする彼女へ警告と言わんばかりにこう言った。
「生憎、見ての通り俺は本の虫だ。1人の方が落ち着くからさっさとどっか行け。邪魔」
「とか言って“私がいるから照れ隠しで”本読んでるだけでしょ〜?」
――その気持ち私には
どこがだよ。と彼女の自慢げにものをいう心の声に反応した忍は言葉こそ出さなかったが、読んでいる本から彼女へと目線を動かし本当に静かにしろと言わんばかりに睨みつける。
彼は今までも他人に絡まれたことは何度があり、その度に
「ふふ、やっとこっち見た」
――このまえあんなこと言って無視もしてたのに、ちゃんと反応してくれるじゃん。
「本当にそういうダル絡みはうざいな。前も言ったけど関わらないでくれ」
「無理でーす。隣の席だから必ず接点あるし、何より関わるなと言われたら関わりたくなるんですー。逆を突いて絡んでって言っても絡むけどね。つまり菊城くんに拒否権はないのだよ!」
――苦手を克服してほしいし、何より隣の席だもん仲良くしたいじゃん!
忍の言葉に可愛らしく不貞腐れながら自慢げに言う梅花。
対して威嚇してもなお絡んでくる理由を聞き無性に苛立ちを覚える忍。これ以上彼女に言っても無駄だと知ってはいるが極力関わりたくない一心で三度絡むなと言い捨てる。
「……仲良くなりたいならこれ以上絡んでくるな。できれば今後一切」
「無理でーす。隣の席だから必ず接点あるし、絡むなと言われたら絡みたくなるんですー」
――何と言われようと絶対打ち解けるまで絡み続けてやるんだから!
先ほどと似たようなことを頬を膨らませて言う。
もはや相手にするのも疲れたのか、忍は本へと視線を戻して彼女を無視を徹底する。本に集中していても彼女の声だけはしっかりと届き、読書には完全に集中しきれていない。それでも相手にしなければ勝手に離れるだろうと内容が入ってこない読書を続ける。
無視を徹底しすぎた結果、昼休みの時間の終了を知らせるチャイムが校内に響いたことに気づかず、ページを捲り続ける。すると上から華奢な手が伸びグイっと小説本を彼の手から抜き取られる。
ハっとそれを追いかけるように顔を上げると、先程よりもむすっとした表情を浮かべている梅花が。
「むー、ずーっと無視は流石に傷つくって! ていうか授業始まるよ!」
――絡まれたくないって言うのはわからないこともないけど、ちょっとは興味持てよぉ!
機嫌を損ねすこしの怒りが乗った言葉を聞くと直ぐに図書室のスピーカー横にある時計を確認する忍。時計の針から確かに授業がそろそろ始まる時間であると理解すると、慌てて彼女が持つ本を元の場所に戻すべく強引に奪い取る。
「いたっ」
――今絶対指切れた……うーんやりすぎたかな、めっちゃご機嫌斜めじゃん……うわ、血出てる……どうし……うっ……。
本を取った瞬間、小さな悲鳴をあげ指を抑える梅花。その指からゆっくりと鮮やかな赤い液体が流れ始めており、忍が取った本が彼女の指を傷つけたのは言うまでもない。
「……あ、えっと、その、“ありがとう”本当に“好き”だったんだよね。菊城くんは“まだ”教室に“もどらなくてもいい”から。私は……絆創膏を“渡し”に行かないとだし」
――やばい……吐きそう。どっかで、落ち着かせないと……。
絆創膏など携帯していない彼女はずきずきと痛み、血が流れる指を強めに抑える。それでも指の隙間から流れる血。それを見てから彼女の顔色が悪くなり、気ほどまで少ししか出ていなかった『嘘』が途端に増えていた。
血を見ると、昔のことを思い出し激しい発作に襲われる。それによるストレスが原因で嘘吐き症候群の発作も併発、ならびに口から出る嘘が多くなる。
当然症候群による嘘のため、本人はその嘘の羅列に気づいていない。しかし気づいたとしても今自身の中に込み上げる吐き気や焦る心を落ち着かせなければ、それが収まることはない。
ただ、今現状は嘘吐き症候群よりも血のせいで吐き気と動悸に襲われ、とにかく心を落ち着かせないとという気持ちしかなく、深く呼吸をして速足で図書室から出て行った。
彼女の中で行われている葛藤までは流石に分からない忍。彼女の顔色が悪くなり焦る様子に背筋を凍らせ、今しがた自分がやったことを後悔する忍。謝ろうにも既に彼女の姿は目の前から消えており、罪悪感に襲われたまま本を戻して仕方なく教室へと戻る。
道中彼女がいるのではと思っていたが姿は一切なく、教室に戻っても隣の席は空いていた。
「あれ、空木はどこ行った?」
授業が始まる直前、教壇に立った教師が梅花がいないことに気づきクラス全体に問いかける。だが答えが出てくることは無く、ただどこにいただのトイレなんじゃないかなどと、彼女の行き先を推理する人達が現れ騒がしくなった。
彼女の行き先を唯一知っている忍だったが、状況が状況だったため言い出せず、罪悪感を紛らわせるため窓の先を遠い目で見つめている。
こうなってしまっては、梅花の行き先は誰も知らないのと同然。ならば教師が思うのはひとつ、サボり。
その思考にたどり着いた教師が「空木がさぼるなんて珍しいこともあるもんだな」と呟いた。その直後、教室のドアが開かれ、膝に手を当て息も絶え絶えな梅花がその先に立っていた。
「すみません! 保健室行ってました!」
――ギリギリセーーフ!
「保健室行ってたのか? 大丈夫か?」
「大丈夫……じゃないです! 手から大量出血したんで! そりゃあもう指から赤色の噴水が湧き出て床が血色で染まるくらい!」
――軽傷とはいえ授業直前だから保険の先生もびっくりしてたけど。
「そのくらいの大事だったらまずこっちに来ないだろ。まあ冗談を言うくらい元気ならいいが……ほら授業始まるから座って」
笑顔で教室を笑わせるような冗談を、身体を使って大袈裟に言う梅花。怪我をするのは学生にとってよくあることだが、元気よく阿呆な言葉を紡ぐ様子に詳しく聞く気が失せ、頭に手を当てて呆然とする教師は彼女を自身の席に座るよう命じた。
それを受けお騒がせしましたとばかりに、てへっと舌を出し額を自ら小突いた後、何事も無かったかのように自身の席に座る。傍から見ていても彼女の切り替えの速さは異常だった。
「そのごめんな……」
「あーいいよいいよ。驚かせた私も悪いから」
改めて見た彼女のそのスキルに目が点になった忍。しかし驚いている場合では無く、今だけは彼女が隣の席であることに感謝をして、彼女にちゃんと伝えなければならない言葉を口に出した。
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