彼女は今日も嘘を吐く〜無意識に嘘を吐く少女と心が読める少年の話〜
夜色シアン
1章
第1話/二つの声と嘘吐き
まだ肌寒いそよ風が春の象徴を連れてきた。鼻を擽るふわりとした桜の匂い。別れと出会いを結ぶ匂い。
進級初日に桜舞う光景が、生気が抜けたようなボヤっとした瞳に映りそんな季節かと呟く。
誰しもが別れに涙を流し、新たな出会いに胸を躍らせている中で彼――
いつしか人を避けるようになった彼には別れも出会いにも縁が無く、久しぶりに登校する通学路が耳を
いや、煩いと感じたのは春の賑わいだけではない。高校に通い始めて今までずっと無縁の存在と思っていた人物、
彼女は
そんな彼女から放たれる
思わず舌打ちをする忍。そこまで気になるのならば、さっさと抜かしてしまい離れればいいのだろう。しかし梅花を含む女子生徒が横に並んでおり通れる隙間がないのだ。
再び舌を鳴らし、睨みつける。部屋の中に忌まわしき生物が現れた時と同じくらいに嫌悪感を抱く。
だがそんな気持ちを抱かれてるとも知らず、梅花たちは他愛のない話を繰り広げていた。
「そういえば昨日オススメされた映画“見たよー”!」
――ゾンビ系無理すぎで見れないって言ったのに無理やり押し付けられたけどさあ、見られるわけがないんだよ。でも話についてくなら見た方がいいのかなあ。というかなんでみんなあんな怖いの好きなの?
「おお! 見てくれたんだ!」
「う、うん!」
――うん? 今見てないって言ったと思ったんだけど……もしかして……でもすっごい期待の目で見てくるからいいにくいし……そうだ、ゾンビ系なんだからドンパチするよね? ようつべで流れてたのそんな感じだったし。お気に入りのシーンとか聞かれたらそれ言わないとなあ。
実際には映画など見ていないため、正直にその旨を伝えたつもりだったが嘘を吐いていた。それに全く気づいておらず、友人の言葉に目を見開いて返事をしていた。
だが彼女の友人は映画を見たという嘘に気づいていない。唯一それが嘘だとわかっているのは忍だけ。なにせ彼は生まれつき人の心が読めてしまう力がある。原因は不明だが無差別に聞こえるもの。それが原因で嘘も何となくわかるのだ。
ただ今となっては聞き流すことができていた。しかし梅花の澄み渡った青空のように透き通った心の声だけは、はっきりと耳に突き刺さっていた。それこそ彼が梅花を煩いと嫌う理由だ。
彼女の心の声がはっきりと聞こえるのが分かったのは去年の丁度今の時期、つまりは入学式だ。
あるきっかけで地元から離れた高校に入学した忍。ようやく解放されると両手で小さく喜びを表現し歓喜を味わっていたのだが、入学式で彼女の声が耳に入りあろうことか誰の声かを特定して本人に直接煩いと暴言を吐いた。
もちろん梅花はきょとんとした顔で、突然の暴言の理由がわかっていなかったのだが、以来二人はクラスが別ということもあり殆ど関わることはなくなったのだ。
だからこそ彼女がここまで近いところに居ることが、心の声がヘッドホンやイヤホンで耳を塞いでも聞こえてしまうため、対策などないに等しいことが彼のストレスとなる。離れたくともそうできない通路の狭さも含め、目の前に彼女が居る不運さを恨むしかなかった。
そのストレスが原因か彼の周囲に負のオーラが立ち込める。それでも彼女たちの会話が止まることはない。
「それで梅花はどのシーンが好き? ちなみに私は序盤の『ゾンビから逃げるには乳酸素運動が必要です』っていう変なナレーションが割と好きなんだよねえ」
「へ、へえ……私は最後のずばばばってところかな。結構快感だったし!」
――やっぱり聞いてきたけど、ゾンビから逃げるのに乳酸素運動が必要っていうアナウンスって、マニアック過ぎない?
「ん? ずばばば……? 最後の方にそんなところあったっけ?」
「え? あったよ? ほらでっかい怪物が出てきて心臓を破壊しないとっていう大事な場面」
――あれ!? ないの!? で、でもゾンビ系のってそんな感じばかりようつべで流れてたよ!? それに勧めてくれた映画のパッケージ的にもそんな感じだったよね!?
「……梅花、別なものと勘違いしてない? それ系ってヴァイ・オ・ファザーだし……もしかして見てない?」
「あ、そ、そうかも……見たけど勘違いしちゃって……ごめん!」
――う、嘘吐いたってバレた……よね。うう嫌だなぁ。
会話を重ねるほど梅花との会話の歯車が嚙み合わないことに違和感を感じ、梅花の友人は苦虫を嚙みつぶしたような顔を浮かべて、梅花のことを疑いながら改めて映画を見たのか問い正す。
嘘が遂にバレた……とバツの悪い顔を浮かべ頬を掻いてから、話を合わせつつ両手を合わせて謝罪していた。嘘を吐いたことにかなりの罪悪感を覚えているが、嘘を吐いたことに対して謝罪しているようには見えない。本人は心の中では嘘を吐いたことは認めているが、周囲に噓吐きだと言われたくない八方美人。そのため噓が本当になるように自分の過ちを修正していた。
その甲斐あってか、眉を下げた友人は仕方ないと言いたげに息を吐いて。
「まあいいけどね。梅花はヴァイプレイヤーって意外な情報知れたし!」
「あ、はは……バレちゃあ仕方ないね。その通り! 私はヴァイプレイヤーなんだよ! ……まあ前のことだからあまり覚えてないけどね」
――今の絶対バレてなかった!? 誤魔化せたの今の!? ともあれフォローできたし、難は逃れられたかな。いや、ゾンビゲーなんてプレイしたことないけど、まあいっか。
盗み聞きではないが割と大きめの声で話しており、それを後ろで聞いていた忍。彼女の安堵の声や平然と口から出ていた嘘に沸々と湧き上がる嫌な感情を抑えながら、なんとか学校へと到着して足早にクラス分けが記載されている掲示板へと行き表を見つめる。
「空木梅花……まさかあいつがクラスメイトになるなんて」
少々自分の名前を探すのに手こずっていた彼は自分の名前と同時に、見たくも聞きたくもなかった名前があるのを見つけてしまった。
一番関わりたくもない彼女の名前。今年も関わりたくないと別のクラスになることを望んでいたが、現実はそう甘くなかった。なにせ追い打ちを掛けるように二人は早い出席番号であり、梅花は一、忍は六。縦に一列五人の席配置のため必然的に隣同士になる出席番号なのだから。
土砂降りの日に傘を忘れ、雨に濡れながら帰る時のように酷い絶望感が彼の身に押し寄せる。もはやこの世の終わりとすら思えるそれを放心しながら眺めていると突然横から声が聞こえた。
「あれ、君、今私の名前呼んだ? って入学式の煩い人!?」
――入学式ぶりに見たなぁこの人! でもなんで私の名前を? うーん……気のせいかな、いや、でもちゃんと聞こえたから間違いない!
絶望の名を無意識に小さく呟いていたのを偶然後ろの方で聞かれており、自分の名前が聞こえたがために梅花が白くなった彼の顔を覗き込んできた。普通開けた場所で小さな声など聞こえるはずもないのだが、運悪く彼女は地獄耳。多少離れていてもしっかりと聞き分けてしまう。
とはいえ彼には関係のないこと。今はただ、関わりたくもない存在に声を掛けられ我に返ったものの返事をしない気持ちでいっぱいだ。
「いや、無視かよっ! 超絶美少女な私が話しかけたのに! あ、もしかして入学式のまだ根に持ってる? ていうかなんか話せよ人形かよ埴輪かよモアイ像かよ!」
――なんで煩いって言われたのかいまだにわかってないけど、無視するってことは、話したくはない的な? だとしたら名前なんて呼ばないだろうし……うーんもしかして私のことが好きとか……? いやいやいやそんなわけないでしょー!
クラス分け表を見つめながら彼女の隣なのは席替えがあるため、もう諦めるしかないかと言わんばかりに嘆息を吐く忍。だがそれでも来年まで同じクラスであることに気が引けてしまい、無視をされたことに対して、ふてくされて腕を振るなどのオーバーリアクションをしている彼女の言葉は、耳に届いていない。
「もしもーし! 聞こえてるー!? 大丈夫ー!?」
――返事がない。ただの屍のよう……って、あまりにも返事がなさすぎて本当に屍みたいだから反応して欲しいんだけど!?
「はぁ……できれば君とは関わりたくなかった。あと俺は煩い人じゃなくて菊城忍だから。それと煩いのは君だ。こんなに近くにいるのに大声で喋るな」
「ひっどいなあ……それは菊城くんが無視するからでしょ!?」
――やっと返事してくれたのになんて酷いことを!? むぅ、私なにか悪いことしたかなぁ……やっぱ人付き合いって難しいもんだねぇ。
「あまりに煩いから反応すらしたくない。あと話したくもない」
「ほんっとうにさあ……絶対周りから嫌われるから“やった”方がいいよ。まあいいや、友達待ってるしそれじゃあまた後でね!」
――ここまで嫌われてると、中々どうして仲良くなりたいって思うんだよねえ。よし、同じクラスなんだしこれからこれからー!
名前を呼んだのだから構ってくれと言わんばかりに、言葉を発し続ける彼女があまりにもしつこいからと彼は自分の声を低くして威嚇するように本心を言葉にした。一切目を合わさなかったが、今だけは汚物を見るような冷めた視線で彼女を見下ろしていた。
突然関わりたくないなど言われ、更には話したくもないなどと明らかな敵意をぶつけられ、気分を害したのか先ほどよりも不機嫌そうに口をとがらせると、一つだけ忠告をしてから離れている友人の元へと去っていった。別れ際に放たれた言葉の中に嘘があると知る忍だったが、嫌悪感を抱く彼には到底関係のないことだった。
また彼の嫌な性格、嫌な言葉をぶつけられたにもかかわらず、彼女の心の声は全然気にせずむしろポジティブ思考。ここまで嫌われていては仲良くなるなど夢のまた夢でしかないが、諦める様子はなくむしろ燃えている。
「やめるわけないだろ、嫌われてなんぼだ。特にお前にはな」
いかに嫌われ関心を持たせないようにするか、いかに関わらないようにするか。それだけを思案しつつ、梅花の声と気配が感じなくなった頃合いで教室へと向かいながら、彼女が最後に言い残した言葉の返しをぽつりと零した。
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