第22話
ジェムの葬儀が行われた日の夜。街の人たちが寝静まった時間帯に、シュテルンはコラレの店を訪れていた。
手にしているカゴに、店に並べられている商品を一つ一つ丁寧に入れていき、最終的には全ての商品が一つのカゴに収められた。
その籠を手に、店の外に出て、彼女は海岸へと足を運んだ。
誰もいない海岸。砂浜と岩場の境目に足を運んだシュテルンは、そこにある一つの木箱を覗き込む。
その中には、体を丸めてまるで眠っているように息をしていないコラレの姿があった。
彼女の血をたっぷり吸い込んだシーツの上で眠っている彼女の周りに、シュテルンは籠の中に入っているコラレの商品をひとつひとつ入れていく。
最後の一つを入れ終われば、まるで大きな宝箱の中にコラレが眠っているような姿になっていた。
「本当に、死んでるように見えないな……」
そっと触れた肌はとても冷たく、温もりを感じない。とても綺麗なのに、触れた瞬間に彼女が死んでしまったという事実に襲われる。
高まる感情をぐっと抑え、シュテルンは側にある蓋を手にして、そっと閉めた。
釘を打ち込み、蓋が外れないようにしたら、箱を抱えて海の中に入っていく。
コラレは小柄で抱きかかえた時は人と思えないほどに軽かった。
シーツや大量の商品が入っていても、重いと感じるほどではなかった。
ゆっくりとゆっくりと体を浸かるまで箱を抱え、足がつかないところまでやってきても、シュテルンは箱を離さない。どんどん沖に向かっても彼女は手を離さない。
やがて、その箱を抱えながら、シュテルンは海の底へと沈んでいく。
(コラレがそっちにいくなら、私も一緒に行くよ。だって、きっとそっちには私以上に貴女を愛してくれる人なんていないから)
箱に頬を寄せ、目をゆっくりと伏せる。
陸と違って海中は静かだった。まるで、誰もいなくて生き物は自分と箱の中にいる彼女だけのように感じた。
それは、とても幸福なことで、突拍子もない行動だったけど、後悔なんてなくて、寧ろ心がひどく満たされていくのをシュテルンは感じていた。
「ダメヨ」
不意に、二人の邪魔をするように誰かの声が聞こえた。
うっすらと目を開ければ、ぼんやりと誰かがシュテルンの目の前にいた。
(誰?)
「アナタハニンゲンダカラ、イキタママソコニシズンデハイケナイ」
聞き取りにくい言葉にシュテルンは眉間にしわを寄せる。
聞き取りにくいが、今、自分の幸せの邪魔をされているというのは理解できた。
静かだった海中がぶくぶくと泡立つ音が響き、とても不快だった。
(邪魔しないで。私は、ずっとコラレといるの。彼女と、一緒に)
「……あぁ、そうか……君だったんだね」
急に、声がはっきりとして、海の中だというのに、シュテルンは勢い良く箱から体を離して目の前の相手を見た。
目の前の彼女は笑みを浮かべた。
初めて会う相手のはずなのに、シュテルンは彼女を知っていた。
(貴女は!)
「陸にお帰り。君の役目は終わったよ」
心に思ったことと同じことを、ゴボゴボさせながら口にするが、目の前の相手には届かなかった。
はっきりと聞こえた言葉と共に、シュテルンの意識は途絶えてしまった。
*
漣の音が聞こえる。
背中に感じる細かな砂の感触と、たっぷりの海水を吸い込んだ服の感触。
気がつけば、シュテルンは海岸に打ち上げられていた。
体を起こせば、目の前に広がるのは穏やかな海の景色。ぼんやりと、自分がどうしてここにいるのかを考えた。
そして、海中でのことを思い出すと慌てて海に戻ろうとした。だけど……
———— ダメダヨ
誰かがシュテルンを海に入ることを止める。そのせいか、彼女の足は水が触れるギリギリのところで止まった。
何度も何度も入ろうとした。だけど、体が急に動きを止めて海に向かうことを許さなかった。
シュテルンはその場にへたり込み、どこまでも続く海を見つめる。
「コラレ」
ゆっくりと手を伸ばしても、誰もその手をとってはくれない。
二度と触れることも話すこともできなくなってしまい、ただずっと一緒に居たと望んで、共に海に沈んだというのに、シュテルンはあれに海で死ぬことを許されなかった。
「コラレ……私も、貴女にお願いがあるの」
触れることのできない海水にゆっくりと手を伸ばしながら、シュテルンは笑みをこぼした。
「私が死ぬまで、生まれ変わっちゃ駄目だよ」
*
ボコボコと地上へと登って行く泡音が反響して響き渡る海中。
陸に戻されたシュテルンに変わり、海底に沈んで行く箱を彼女はそっとでき抱えていた。
「まったく君は、本当に哀れな子だよ。あんなにも愛してくれる子がいたのに、死を選ぶなんて……」
彼女はそっと箱の蓋に触れた。すると、一瞬にして箱が蓋も側面も開き、中身が海中に広がった。
赤いシーツが広がり、詰められた装飾品があたりに散らばり、体を丸めていたコラレがゆっくりと体を伸ばした。
人の体のまま、海面を見上げながら、コラレの体はゆっくりと海底に沈んで行く。
「どんな気分だったんだい?愛することができない君が、誰かに狂おしいほどに一方的に愛されることは。不快だったかい?幸福だったかい?」
もう返事をすることもできないコラレに、彼女は一方的に問いかける。
「幸福だからこそ、幸福のままの死を選んだのか、苦しくて辛いから解放されたくて死んだのか、私にはわからない。でも、長い長い人生の中で条件を満たす相手なんてそうそういない」
彼女はコラレのお腹を押し、海底へと後押しをした。
「気まぐれの契約だけどいいものが見れた。よかったね……相手は違えど、君が愛して欲しかった相手と同じ血が流れてる子に愛されて……」
響くことがない拍手をしながら、彼女は海底に沈むコラレを見送った……
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