カミツキ 警察庁虚数課事件簿

巫夏希

第一章 落伍者とメイド

第1話 虚数課へようこそ

 都市伝説、フォークロア、妖怪。

 概念としては、世界に存在しているとしてもその実在性までは議論されない。

 当然と言えば当然ではあるが、そんなものが存在するだなんてきっと誰もが考えつきやしないことだからだ。それに、現実世界に普通に生活していれば、その三つの要素に触れることもなければ実在性を気にすることさえもない。


 湖の周りを走るランナーが、湖の底の澱を気にすることもないだろう?


 要するに、意識して見なければお互いがお互いの概念に気づくこともない——というわけだ。

 世界は醜悪だ。

 世界は欺瞞だ。

 世界は最悪だ。

 されど——世界は幸福だ。

 如何にこの世界の存在性を定義しようとも、この世界の澱に触れることなくそれを定義することは可能かということを指し示している。

 さあ、問いましょう。

 あなたの見える世界は——どんな世界ですか?



◇◇◇



 警察庁のエレベータに乗り込むのに、これ程憂鬱なこともなかった。

 部署異動を命じられた時点で、何か違和感を抱いたのは間違いなかったのだが、こうも聞いたことのない場所だと意味が分からなくなる。

 一枚の紙切れに、こう書かれていた。



 ——三沢昭人殿、貴殿に神霊事象調査課への異動を命ずる。



 正直、警察に籍が残るだけでも、十二分に良い結果ではある。

 しかしそれと同時に——本当にそれで良いのだろうか? という不安が立ち込める感覚さえもある。


「……というか、聞いたことがないんだよな」


 寧ろ気になるのは、配属先の名称だ。神霊事象調査課というのは、聞いたことがない。


「誰に聞いても分からない部署なんて……存在するのか? ただまあ、一階のエントランスで待っている、というメッセージはあったけれど」


 異動の連絡を受けた直後に、社用携帯が一件のメッセージを受信した。

 連絡先は基本的に登録されてはいるらしいのだけれど、一部は含まれていないとも聞いたことがある。公安の面々は色々な事情によって登録は避けられている、なんてまことしやかに囁かれていることもあるけれど、本当かどうかは知らない。調べたこともないし。

 一階に到着する。

 エントランスは誰でも入ることが出来るので、少しばかし騒がしい。しかしながら、エレベータホールまでの道のりには入場ゲートが備わっているため、ゲート内部であるこちら側はそれ程煩くないはずなのだが——。



 ——エレベータホールの隅に、メイドが立っていた。



「……え?」


 他の警察官も一瞥しながら、しかしいつも通りの行動を取っている。

 一人ぐらい怪しんでいてもおかしくないだろうに、何故だろうか——ただ、近寄りがたいオーラを放っているのは否定しない。

 ジロジロと人物を観察しているからだ。色んな人間が出入りしているのに、それを一人一人観察している。もしかして誰かを待っているのか——。


「あ、おーい、こっちこっち」


 こちらに気が付いたのか、ブンブンと手を振っている。通路を通っていく警察官も、こちらを見て何か言いたそうな表情を浮かべている。勘弁してくれ、こっちとしても被害者な方だ。関係性は一切存在しないのだし。


「きみだよ、きみ」

「おれのことを言っているのか……」


 何というか、ここでぐだぐだしても時間の無駄だ。

 そう思いながら、おれはメイドの近くに向かった。

 しかし……、見れば見るほど明らかなメイドである。給仕服、とでも言えばいいのだろうか。黒を基調にしたそれは、本当に警察官が着て良い格好とは言いづらい。まあ、そもそも本当に警察官なのかどうかさえも怪しいところではあるのだけれど。


「いやあ、待ちかねていたよ。それにしても、久しぶりに一階に来たけれどさ、皆ぼくのことをジロジロと見てくるんだよね。勘弁してほしいよねー、全く。別に変な格好をしているわけでもないじゃん」

「……それってツッコミ待ちか何かですか?」


 それとも天然なのだろうか。いずれにしても、面倒臭い雰囲気であることは間違いないのだけれど。


「メイド服について、何か言いたいことでもあるのかな?」

「……分かっているんじゃないですか」


 おれはツッコミを入れたくて仕方なかったのだけれど、そちらから言ってくれるんだったら有難い。

 それにしても警察官——なのか?


「まあ、それは追々。取り敢えず、向かおうか」

「向かう?」


 一体どこに?


「何処に、ってそりゃあ——分かっているでしょ。きみの配属先である神霊事象調査課。他の警察官もあまり聞いたことのない、まるで存在していないような課だからこう呼ばれている。……虚数課、とね」

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