これから悠久を生きる君へ

宮島 久志

第1章 二度目の旅立ち

第1話 時はとめどなく流れ

「そりゃねえ、短命種にんげんの進歩は早いって知識はあったよ」


 古来より聖域とされてきた大森林の境界で、ユピは空を見上げながら、呆然と立ち尽くした。

 腰まで伸びた小麦色の長髪がそよ風にゆらされ、長命種エルフの特徴である長く尖った耳が露わになる。


 風が強くなり、コートの左袖が肩口から真横に大きく伸びる。

 成人女性の証である銀の耳飾イヤーフックピアスりを、右手の指でつまみながら、ユピは思考をまとめる。


 三百年前、魔王からの最後の一撃で左腕を失った。

 瘴気の浸食を防ぐには、その場で切り落とす以外の方法はなかった。

 

 以来、大森林の神殿に籠って体内に残った瘴気の浄化をおこなった。

 瘴気の呪いは凄まじく、眠っている間に大森林からの魔力供給がなければ、肉体は腐食していただろう。


 おかげで、数十年に一度しか目覚めない日々を過ごした。

 目覚めると、最大強化の浄化魔法を自分に何度も叩きこんだ。

 

 そうして、三百年が過ぎた。

 勇者セイクや仲間達と旅した十年は、まだはっきりと記憶にある。

 私達は魔王戦争を終わらせて、平和の時代へ、第一歩を踏み出した。


 大地の裂け目にある結界が破られていないのは、大森林の神殿を出る前に魔法具で確認している。

 まだ、魔王は復活していないが、封印の更新が必要な程度には劣化している。

 

 今はまだ、平穏な時代のはずだ。

 ようやく治療を終えた私は、初めて平和な時代を見ている。

 青空と白雲も、昔と同じだ。


「同じはず、なんだけどな」


 突然、シュオォォォと爆音が辺りを包み、ユピの思考を中断させた。

 ユピは、空を見上げていた顔を降ろして、既に何度も耳にした音の発生源に視線を向けた。


 巨大な鉄塊てっかいが、爆音と共に白い蒸気を拭き出しながら、二本のレールの上を走っている。

 大鬼オーガにも勝る巨体が、飛竜ワイバーンに劣らない速度で地上を駆けている姿は圧巻だ。


 鉄塊てっかいに御者の様な人間が乗っており、その後ろに馬車のような木箱が何台も連なっている。

 木箱にも短命種にんげんが乗っていることから、乗合馬車のような、短命種にんげんが操る道具と考えるのが自然だ。


 問題は常時、展開している魔力探知に反応はなかったことだ。


「魔力を使用せずに、ただの人間が巨大な道具を操っている」


 鉄塊てっかいが二台、すれ違う様にユピの前を通り過ぎていく。

 何度確かめても、鉄塊てっかいにも、御者の人間にも、レールにも、魔法を使用した痕跡が一切ない。

 魔法を使わずに、大鬼オーガにも勝る鉄塊てっかいを使役する。


「なんだ、これええええええええええええええええええ」


 理解を放棄して青空に叫んだ。

 世界には未知のものが溢れていることは、前の旅で体験した。

 それでも、四百年程しか生きていない若い長命種エルフの私には、違う時代を生きた経験はない。


 師匠がお前は若いっと、口酸っぱく、しつこく繰り返していた理由が、やっとわかった気がする。


 私は、この時代を渡っていけるのだろうか。

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