第34話 エピローグ 誰がためにラジオは流れる

 夏休みまであと2週間となったある日の昼休み。

 ただでさえ昼休みは騒がしいと言うのに、夏休みに向けてカウントダウンが進むにつれて、明らかに皆のテンションのつまみが捻られていく感覚が肌で分かる。


「パ・ぺ・ピ・プ・ぺ・ポ・パ・ポ!」


 今日は暑いし時短コース、外郎売はやらずに発声練習だけで終わらせとこう。


「にしてもあっちいなぁ……」


 ふう、と吐く息が涼しく感じるほど、部屋には熱気が籠っている。

 放送室は音が漏れることを気にしてか厚手のカーテンが窓際に張られているのだが、何を血迷ったのか全面黒色。お陰様で夏場は蒸し風呂状態だ。


「せめて窓でも開けるか……」


 放送は始まるまでは別に問題はないと判断し、やたら分厚いガラス窓を開ける。なんだよこの二重防音構造、絶対どっちかで良かっただろ。


 窓を開けると、ぶわっと室内に空気が入り込む。多少涼しい空気が入り込んで、カーテンと俺の間に至高の空間が形成される。


「おーっす影山、元気してるかー……」


 恐らく先生が入ってきたんだろうけど、気にしない気にしない。

 涼しい(当社比)風を浴び続ける。


「おい、足が見えてんだよっ」


 イラついた声と共に、バッと勢いよくカーテンが開けられる。

 カーテンで隔絶されていた二つの空気が混ざり出す。


「あっつ!」

「何無視してくれとんじゃい」


 振り返ると、不機嫌そうな顔で突っ立っている真城先生。


「先生、人が折角涼んでるのに邪魔しないでくださいよ」

「別にこの部屋涼しくはないだろ……」

「じゃあこの部屋にエアコン付けてくださいよ、熱中症になりますよ?」

「新任の教師にそんな権限あると思うか?」


 呆れた声を出しつつ手近なパイプ椅子に先生は座った。どこから取り出したのか、花火のプリントされた団扇をパタパタと仰いでいる。


「団扇使っても全然涼しくない……」

「所詮部屋の中が涼しくなければ意味ないですよ、どこでもらってきたんですか?」

「うーん?今日商店街のおばちゃんが配ってたから貰った」

「なるほど、だから花火ですか……」


 遠目からだと見えないが、大方地元の夏祭りの広告でも張られてるんだろう。地元の祭りだとは思えないくらいには大々的な告知だ。


「花火ねぇ……」


 しかし、先生はなぜか不機嫌そうなお顔。


「あー、先生花火嫌いそうですもんね……」

「おう、よく分かってるじゃないか影山」

「いやまあ、先生とも短くない付き合いですし……」


 先生のテンション的に花火に地雷が埋まっていることは想像に難くない。

 先生は団扇の花火の面を軽くデコピンする。


「花火なんてうるさいだけだよなぁ、大体人込み凄いし、かといって人の少ない所に行ったら山でまともに花火も見れないし!」


ああ、始まった。こうなったら俺が何言っても止まらない。


「しかも花火見に来てるカップルの大半なんて花火ダシにして恋人の顔見に来てるようなもんだろ?なら家でよろしくやってろってんだよ」

「ただでさえこの部屋熱いんですから、じめじめさせないでくださいよ」

「あー、花火見に来たカップル全員鼓膜破れないかなあ……」

「冗談でもそんな怖い事言わないでください……」


 それだけ言い切って、先生はパタパタと団扇を振り出した。


「でも、花火か……」


 今まで俺の祭りは妹と友達が一緒に出掛けるのに、保護者ATMという体で一緒について回ってた。別に一緒に行く人もいなかったし、それまでは特に問題視はしていなかったけど……。


 俺の頭の中に浮かぶのは先日の北原とのデート(仮)。今年はちょっと期待してもいいのかもしれないな……。


「なーんか青臭い匂いがするなぁ……」


地獄の底から這いあがってきたような暗い声。顔を向けると先生が団扇であおぎながら冷たい目でこちらをじっと凝視している。生徒に向けていい目じゃないだろ。


「影山、お前なんか今日随分と楽しそうだなぁ」

「そ、そりゃあ夏休みですしテンションも上がりますよ」

「いや、去年のお前ならラジオが出来なくてむしろテンション下がってた」

「そんなことは……否定しませんけど」

「お前……もしかして青春してる?うん、アオハルの匂いだな、これは」


アオハルの匂いってなんだよ。嘘をついている味みたいなものなんだろうか。


「あ、アオハルって言ったらこっちじゃないですか?ほら、お便り!」


 話をそらすために俺は机の上に積みあがったお便りを持ち上げる。片手で持ち上げるにはいささかヘビーな量が積み上げられていた。

 俺の作戦は成功したらしく、先生の視線は机へと移った。


「……7月になってから大分増えたな」

「夏休みも近いですしね、皆テンション上がってるんじゃないですか?」

「あーあ、皆浮かれちまってヤダね……」


 椅子に座ったまま大きく伸びをしてから立ちあがり、先生はこちらにつかつかと寄ってくる。


「これ全部今日のお便りか?」

「そうですよ、今週分だけです。恋愛相談とふつおたと混じってますけど」

「成程な……」


先生は机の上の紙を一枚とり、ザーッと目を通す。そして、ふふっと笑った。


「あそこからよく頑張ったな、影山」

「何ですか急に」

「いやぁ、たまには自分の部活の生徒を褒めてやらないとなと思って」

「……どうもです」


 何か、この人に真正面から褒められると何か恥ずかしいな……。いい人っぽく見えてしまう。学食の焼きそばパン品定めしてるのに。


「何かお前、失礼なこと考えてないか?」

「いえ、微塵もございません」

「その反応速度が逆に怪しいけどな……」


先生は怪訝な顔をしつつも、まあいいやと話を区切った。


「お便りくれてる皆がお前のファンなわけだ、胸張ってけ」

「そう、ですね……」


 ファン、という言葉に思わず背筋が伸びる。

 先生はペラりとお便りの束の上数枚をめくる。


「やっぱり一番上はこいつらか」

「なんと言うか、こうしないと落ち着かなくって」


 お便りの一番上に置かれているのは、いつもの三人。


「抹茶パウダー」、「昆布わかめ」、そして……「デルトラの森」


 段々このラジオも人気になってきたが、眼に見える場所には彼・彼女らのお便りを置く癖がついてしまっている。


「こいつらも古参冥利に尽きるだろうな」

「いやいや、有り難いのはむしろ俺の方ですよ。これは俺のお守りみたいなものなんですから」

「お守り?」

「はい、どれだけ人気が出ても、俺は昔この人たちに支えられてきたんだぞって、それを忘れないようにするためのお守りです」

「……相変わらずラジオには馬鹿真面目だな、影山は」

「馬鹿は余計です」


 そんなことを言っていると、俺のスマホのアラームが鳴る。そろそろ放送開始だ。


 マイクが置かれた席に座り、一つ息を吐く。機材の電源はすでに入っている。タイミングを見計らって、いつものオープニングを流す。フェーダーに掛けた指に震えは無い。


 心の中で3カウントをしつつ、ゆっくりと指を下ろしていく。外は暑いが心は非常にクールダウンしている。


 小さな深呼吸が終わったタイミングで、丁度音量はゼロになる。カチッと、マイクのスイッチが入る音が心地よい。


「皆さんこんにちは!7月11日お昼の放送です!」


 今日も俺はマイクを握る。


 俺のファンが一人でもいる限り、マイクの前でしゃべり続けるのだ。





 ――――――


 これにて第1部完結となります。読んでくださってありがとうございました!

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 4/7追記:第2章書き始めました、良ければ読んでください!




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