第9話
母が突然帝都行きを明日に決めたのには理由があったらしい。
その理由というのが何を隠そうルナの服がない、というものだった。これに対し、俺の服を適当に着せればいいんじゃない?と言った俺は悪くないと思うのだが、母の眼光の前には口を噤む以外の選択肢は残されていなかった。
「明日行くのは構わないのだけど、ルナちゃんは大丈夫なのかい?身体的な疲れもあるだろうし、精神的な疲れもあると思うけど」
母の眼光に口を噤んだ俺とは違い、父は冷静に現状の問題点を母に告げた。
確かにルナは少し前までソードボアとの命を懸けた追いかけっこをしていたわけだし、まだ疲れも抜けきっているとは思えない。数日くらい様子を見たほうがいいと思うのだが、どうやら母の考えは俺達とは違うらしい。
「身体の方は治癒魔法にポーションまで飲ませたからもう万全の状態と言っても過言じゃないわ。心の方も今日話した感じ問題はなさそうだし、そもそもあの年代の子供は変に休ませるより、身体を動かしたり見たことない景色を見せたりしたほうが断然気分転換になるものよ」
自信満々に自身の考えを伝える母の言葉はなるほどと納得させられる理由が確かに存在していた。
どうしても前世の感覚で怪我をしたら数日休んだ方が良いと考えてしまうが、この世界には魔法やらポーションやらの不思議パワーが存在しているのだ。それを考えれば多少の怪我や疲労は何の問題もないのかもしれない。
「うーん、君がそう判断したなら僕から言えることは特にないかな。気をつけて行ってくるんだよ」
父は母の言葉に納得したようで、明日の出発に異を唱えることはなくなった。
俺は正直長旅に対する心の準備をする時間も欲しかったが、母に意見するほどの胆力もないため、特に何も言わずに明日の帝都行きに関する会話は終了した。
そして翌日。
今日も朝から父に剣を習い、一通り汗を流してから家に戻ると、既に朝食を作り終えた母が忙しそうに旅の準備を進めていた。
俺が準備するものなんて剣と魔銃、そして服くらいのものだが、母は俺とは比べ物にならないほどに持っていくものがたくさんあるようだ。
服は勿論、普段使っているポーション作りの器具や食材なんかも魔法鞄という異世界テンプレグッズに収納している。
どう見ても入り切らない質量が吸い込まれていく光景は流石異世界クオリティと感心させられるほどだ。
そんな母も俺達が帰ってきたことで一度荷物の準備をやめ、朝食にしましょうと言って席に着いたため、俺と父もそれに続いて席に着く。
ルナは既に俺の隣の席に座って俺達が帰ってくるのを待っていてくれたようだった。
「それじゃあ食べましょう。今日はルナも手伝ってくれたのよ。包丁の使い方も危なげなかったし、恐らく料理をよくしていたのね」
「え、ルナ料理できるの?」
母のその言葉に俺は少々の困惑と共にルナの方をみてそんな言葉を呟いてしまう。
するとルナはコクリと頷いて「できた…みたいです」と答えた。
昨日の俺の推理だと、ルナは良いところのお嬢様である可能性が高いと結論付けていた。
だからこそ料理なんてできないと思っていた。貴族や豪商なんかは家で料理人を抱えていることがほとんどだからだ。
というかそもそも十歳くらいの少女が料理ができるというのもなかなか凄いことだと思う。
ちなみに俺は前世の記憶があってなお料理はできない。以前母に料理の手伝いを申し出て実際手伝ったことがあるが、5分もしない内に戦力外通告を受けるくらいには俺に料理の才能はない。
つまり料理による知識チート的な路線は始まる前から終わっているわけだ。
「ほらノル。ルナの顔を見てないで早く食べなさい。今日はこのあとジョルアの馬車に相乗りさせてもらってスネイルの街に行くんだから」
「あ、馬車で行くんだ。てっきり走っていくものかと」
「あんたルナのこと忘れてない?あんただけ走ってもいいのよ」
「ごめんなさい。ありがたく乗せてもらいます」
普段父や母とスネイルの街へ行く場合は走っていくのが普通だったため、そんな言葉がつい口をついてしまった。
…というかそうだよな。普通は馬車に乗って行くよな。
なんか最近感覚がおかしくなってきてる気がする。原因の大半は父と母だが、本人たちはランティス村からスネイルの街程度なら走っていくのが普通みたいに思ってる節があるからなぁ。
そう考えるとルナが来てくれたのは俺の常識を取り戻すためにも丁度よかったのかもしれない。
「そう。それなら早く食べちゃいなさい。約束した出発の時間まであと1時間もないわよ」
「え?1時間?」
「ジョルアも仕事で向こうに行くわけだからこのくらいの時間になるわよ」
いや、そういう話じゃなくて。
もっと早くに教えてほしいっていつも言って……は、ないな。毎回母の眼光にビビって意見することないし。
でもそっか~、あと1時間かぁ。
もっと早くに教えて欲しかったな!
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