第10話 我慢できない (コメディ)

 友人達と連休を利用して遊びにいった帰り道での出来事。




 時刻は午後四時を少し回ったころ、岡山から京都に向かって車は走っている。








 八人乗りワゴン車の後部座席で、私は額から冷や汗を流しながら、さきほどから全く変わらない、車窓からの風景を恨めしそうに眺めていた。




 少しでも早く帰るために、利用した高速道路が渋滞していたのだ。




 そして、ただでさえイライラする状況のなかプラス、私は先ほどから無性に腹が痛かった。




 汚い言葉で言うとクソをしたかったのだ。




 車に乗っているのは、会社の先輩夫婦と、決して上品ではない先輩夫婦のお子様二人、そして、私と彼女の計六人である。




 私の危機的状況とは裏腹に前方座席で、先輩のお子様達が騒いでいる。




 時々あろうことか、俺の頭をこついたりする。




 いつもの私なら、多少相手にしてやってもいいが、今はそんな余裕はない。




 さきほどから、ずっと黙ってる私に対して、彼女が心配そうに声をかけた。




「ねぇ 大丈夫? さっきから顔色悪いけど気分でも悪いの?」




「うん……気分悪いわけじゃないけどさっきから腹が痛いんだよ」




「そうなんだ。大丈夫なの……我慢できる?」




「なんとか、次のサービスエリアまでがんばるよ」




 私は彼女に言ってみたものの正直自信は無かった。




 そして、私達の会話を聞いていたクソガキが、また、ちょっかいをかけてきた。




「おい、おっさんウンコしたいのか? 俺が腹押してやろうか?」




 ちょっと待てこのクソガキ、おっさんと言う、いい方はともかくとして、




 押すってどうゆうことだよ。押してどうするんだ。




 私はとりあえず当面の敵になりつつある、このクソガキを黙らせるために、伝家の宝刀をとりだした。




「あの、少しそっとしといてくれるかなぁ。――後で好きなおもちゃ買ってあげるからさぁ~」




 しかし、この発言が裏目にでてしまった。




 好きなおもちゃを買ってやるという、私の全面敗北ととれる発言にたいして、過剰反応を示したクソガキは、「何買ってくれるの? どんなものでもいいの?」




 ちょっとでも喋りたくない私に攻撃してくる。




 見かねた母親が助け舟をだしてくれるまで延々と続いていた。




「ちょっと、あなた達ひつこいわよ。”おっちゃん”お腹痛いのだから静かにしてあげなさい」




 奥さん、あなたまで”おっちゃん”呼ばわりですかぁ。




 私は、まだ二十五歳なんですけどと一瞬思ったが、助けてもらってるので、文句も言えないし、言う元気もなくなっていた。




 そして、そんな中、私の腹の具合は少しずつ痛さが起こる間隔が短くなってきていた。








 私はあと、どれくらい我慢したらこの苦痛から解放されるのか、




 おおよその時間が知りたくなったので、先輩に次のサービスエリアまでの予想時間をナビで検索してもらった。




 さすが、最近のナビは進んでいる。




 渋滞状況とサービスエリアまでの距離をかんがみて、到着時間を割り出してくれる。




 現在、私達は天王山トンネル付近で渋滞にまきこまれていて、渋滞の長さはおよそ3キロだった。




 次の桂川サービスエリアまでおよそ10キロの地点にいた。




 到着予想時間は50分だった。




 天王山トンネル付近、関西では渋滞のメッカ。




 戦国時代、太閤秀吉と逆賊の光秀が激戦を繰り広げた天下分け目の決戦場。




 果たして、私は”ウンコたれ”とゆう汚名をきることなく、トイレに駆け込み排便するとゆう戦いに勝利するこができるのだろうか?




 そのような事を考えながら、「早く車よ進んでくれ」と願っていた。








 それから40分間、私は腹から外に飛び出そうとしている物体と、それを阻止すべき肛門をギュっとしめる攻防を一進一退で繰り返していた。




 そして、さきほどから腹は嫌な悲鳴をあげだしてきていた。




 隣で私の様子を心配そうに見ていた彼女が、いよいよ、顔面蒼白になってる私に応援だけしてくれる。




「もうちょっとよ――がんばって……」




「……」




 もう、返事する気力もなかった。




 しかし、肛門の気は抜く事はできない。




 頭のなかでは、トイレに行って排便してるイメージがさきほどからずっとしている。




 耳からは水洗で水を流してる幻聴が聞こえていた。




 その時である。




 一筋の光明がみえた。




 渋滞が収まり、車が流れ出したのだ。




 サービスエリアまでは、およそ2キロ。案内版もみえだしてきている。




 私はトイレに行くまでの時間を瞬時に割り出す。




 どう見積もっても、最悪でもあと10分、我慢すればこの地獄から解放されるのだ。




 いける、いける。この戦いに勝利できるのだ。




 もはや、クソガキどもの口撃も気にならない。




 そうして5分で私達を乗せた車は桂川サービスエリアに到着した。




 ここから先は、わたしの時間はスローモーションで進んでいた。








 幸いにも車は、トイレから近い位置に止める事ができた。




 わたしは、車外へでる。




 トイレまでは、約200メートル。




 しかし、走る事はできない。




 そんな事をしたら、物体がとびだしてしまう。




 ゆっくりだが、トイレまで確実に進む。




 そして、トイレに到着。




 女子便所は混んでいて列ができていたが、男の方はトイレ待ち渋滞はなかった。




 この時ほど、男に生まれて良かったと思うことはなかった。




 トイレに最後の力を振り絞って入る。




 大便用が一つ空いていた。




「ラッキー、助かった」と、思ったとき。




 いきなり、男子便所にあきらかに女が走りこんできた。




 恐らく大阪の『おばはん』である




 そして、あろうことかぁ、一つ空いてる便器にむかって横入りしようとしている。




 わたしは、『おばはん』にとられてたまるかと思い文句を言った。




「あのぉ。ここ男子便所なんですけど……」




 『おばはん』は笑顔で、のたまわった。




「兄ちゃん、硬い事言わんといていやぁ。おばちゃん、もうとっくの昔に女捨ててんねん。だから、先いかしてもらうで……」




 そう言うと、『おばはん』は便所に入って鍵をかけた。








 そして……。




 その瞬間、私は全てが終わってしまった。




 私が今でも会社で語りつがれる伝説の男になった瞬間だった。












 最後にあるところの調べによると、人がウンコを漏らしてしまう時というのは、絶対にもう安心と思ったときだそうだ。




 その思ったときに、考えられない事態が起こる。




 例えば、トイレが汚く使用できないとか、紙がないとか。




 今みたいに『おばはん』に横からはいられるとかだ。




 そうして緊張がほぐれてしまい、漏らすのだそうだ。


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