16進数に変換しても劣化しない感情コード、既読スルーして良いですか?

尾岡れき@猫部

16進数に変換しても劣化しない感情コード、既読スルーして良いですか?

 ――ありがとう、またね。大好き。

 そう言うつもりだった。


 最後のあの日、河川敷を歩いた。いつもは手をつなぐけれど。あの日は、手を繋がなかった。


 じゃり、じゃり。

 砂利を踏みしめながら、あの日も歩いた。


 今、思い返してもイヤになる。

 私は高校2年の夏休み前に、転校した。


 理由は、母親の元、夫――つまり、顔も知らない元父親モトカレが執拗につけ回すから。いわゆるストーカーってヤツだった。


 ――家族は一緒よね。頼れるの、美星だけだから。

そう言った母親は、舌の根も乾かぬうちに再婚。めでたく義妹までついてきた始末。


 ――私ね、もう一回恋をしようと思うの。

 さいでっか。


 それが私の心の声。その言葉を飲み込んだのは、義父が思いのほか、良い人で。義妹が思ったよりも慕ってくれて。


 それでも途中で転校して、居場所がない私は家の中でも居場所を失って。


 じゃり、じゃり。

 河川敷の砂利を踏みしめながら、歩く。


(バカみたい)


 もしかしたら、また桂太に会えるかもしれない。

 そんな一抹な想いを込め、こっちに就職をしたけれど。


 ――本当に、バカみたい。

 ちょっと考えたら分かるじゃん。

 みんな、進学するんだし。



 ――美星は就職よね?

 母親あいつはどうして、あぁ無神経なんだろう。

 大学で会えたら、そんな夢は無情にも消し飛んだ。

 



 私、一人だけのプログラミング同好会。野球部の桂太は、時々クラスメートのよしみで、サボりに来た、そんな関係で。


 その関係が変わったのは、桂太が告白をしてくれたから。


 あの河川敷で。

 嬉しかった。

 本当に嬉しかったんだ。



 ――どうせ高校生の恋愛でしょ? 美星ならまた彼氏ができるよ。


 母親ババァの声なんか、もう聞きたくない。もう誰も知った人はいないけれど、こっちに就職して一人で生きていくって、決めたから。



 もうメッセージを送られることがないメッセージアプリ【LINK】のチャットルームを見やる。最後は、桂太の「美星、返事をして!」だった。


 あの時、ヤケクソな私にずっと呼びかけてくれていたのに。

 ずっと既読無視スルーをして。


(私、バカだ)


 チャットルームを辿る。

 送り合った写真も。


 ビデオチャットの履歴だって。

 全部、憶えている。




 あの日、どうせ桂太は絶対に分からない――そう、思ったから。

 言えなかった言葉を16進数に変換して、メッセージを送信したんだ。




 ――絶対に分からないから。






■■■



3042 308A 304C 3068 3046 3001 307E 305F 306D 3002 5927 597D 304D


(ありがとう、またね。大好き)



■■■







 今の時代って、やろうと思えばなんでもできるんだなぁ、って思う。社会に出た分かったのは、意外にパソコンを操作できない人がいるってこと。


 それは逆に言えば、他の人ができないことを学べば力になる。

 教室だっていくらでもある時代だ。


 ――美星さんは、もっと働く場所を選ぶべきだよ。

 これは、師匠である葉月さん言葉。彼女は、某パソコンメーカーのソフトウェア・ディレクター担当だというのだから、才能がある人って、本当にいるんだと思う。



「それじゃ、以前から伝えていたけど、夏目グループから出向してこられた浅葱さんを紹介するぞ」


 課長が言う。

 朝礼なのに、ぼーっとしていた。実はこの会社、買収されてようやく存続できるかの危機に直面していた。携帯電話業界が競争に晒されているのは周知の事実。大手メーカーがOSも含めて開発し、機器開発だけでは競争に勝ち残れない。


 事実、当社うちは携帯電話とテレビに照準を絞り、大規模リストラも行った。結果、見事に頓挫し今がある。


 課長以上の上層部からは、なんとしてもエージェントに好印象をもってもらうよう、者委員一丸となって努力しろという。なんなら、枕営業も辞さないと――。


(バカなんじゃない)


 一流IT企業から査定に来るのだ。企業の資産価値を見ることはあれ、若い子がどんなに声をかけても――。


(え……?)


 け、い、た?

 私は目を丸くする。

 見知った――すっかり、大人になった元彼が、そこにいた。



「浅葱桂太といいます。普段の皆さんのお仕事を拝見させていただきます。勉強させてください」


 クールにそう言って会釈する。

 湧き上がる歓声。


 お昼、一緒にどうですか?

 ぜひ、今のプロジェクトについてご意見を。


 歓迎会しましょう!

 美星さん、俺の仕事処理してくれない?

 私も!


 そんな声が響き渡って――。




(バカなんじゃないの)


 査定はもう始まっているのに。

 桂太だ。

 桂太がいる。


 バカは私だ。


 他人のように振る舞う。そりゃ、そうだ。既読無視スルーした私は、もう桂太にとって、他人でしかないのに。


 それよりも集中。どうせ解雇されるとしても、今の仕事、集中しなくちゃ――。

 そう気持ちを切り替えようとした刹那、社用メールアドレスに着信がある。




 私は、目を大きく見開いた。

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