第3話 九刀剣と満悦の孫策

 応急の処置が施された孫策そんさくの身は、曲阿きょくあの居城に運び込まれた。

「こんな傷、大したことはない」

 丹徒たんとからの道中、眼を覚ました孫策は、寄り添う臣下たちに微笑を浮かべ繰り返した。


「誰に襲われたというのですか?」

 眉をひそめ、程普ていふが尋ねた。


「あれはあやかしだ。姿は龍頭人身、手練てだれの刺客が三体。斬り捨てた途端とたん、地に消えた」

 覇気のない声音こわねで孫策が返した。


「龍頭人身の妖し――⁉」

 程普は眉間のしわを更に濃くした。江東を平定した孫策に、恨みを持つ者がいることは察しがつく。

 しかし、心当たりはなかった。平定した地では禍根かこんを残さぬよう、将兵に掠奪や搾取さくしゅを一切禁じてきた。それが妖しともなると、天からのいましめに類するものとも思われたが、そのような逸話は過去に聞いたことがなかった。


 城内にも医のは幾人かいる。その医の徒が総出で孫策に処置を施したが、どれもたがわず愁眉しゅうびに染まった。

「刺客の得物には毒が塗られておりましたな。傷よりも毒の方が気懸きがかり。内腑ないふにまで行き渡っていなければ良いのですが……」


 その後、病床に伏した孫策は、昏々こんこんとしていたかと思えば、大汗をかきながらうなされている。その繰り返しだった。二十日もすると、医の徒たちの懸命な治療の効果が表れた。

 孫策は上体をしょう(ベッド)から起こせるほどに回復していた。


 そのような折、ひとつのしらせが届いた。

「河北の袁紹えんしょうどのより、使者が参ってございます」

 黄河より北に位置する、せいゆうへいの四州を領地とし、曹操にも匹敵する勢力の大将が袁紹だった。


「お会いになられるのですか?」

「まだ傷がえていないのでは?」

 程普と韓当かんとうが、心配の面持ちを浮かべていた。


「これは好機だ。至急、大宴の仕度をしろ。宴には諸将も参加するよう伝えよ」

 言いながら、孫策はひらめいた。

孫権そんけんには更に伝えてくれ。九刀剣の披露目ひろめも行うと」

 孫策は、病身を押してもなお、袁紹の使者と対面することをいとわなかった。


 明くる日――。

 まるで初夏のような日和だった。新緑は眩しく、陽は中天に差し掛かろうとしている。

 孫策は、顔色こそ冴えなかったが、威儀を正して大宴に臨んだ。

 袁紹の使者は、陳震ちんしんという者だった。

 呉の諸将も参加した城楼じょうろうでの大宴は、陳震が上座に据えられ盛大に持てなされた。


 陳震は、孫策の体調をよそに泰然自若とした態度で語った。

「世を見渡せば、曹操と対抗できる勢力は、我が河北の袁家と呉の孫家しかござらぬ。我らが結託により南北から連携して挟撃すれば、曹操など恐るるに足らず。孫・袁の同盟により天下を二分し、両家の繁栄を図るべし。好機は今でござる」


 孫策は、呵々かかと大笑した。

「これは天のお導きと存ずる。曹操と覇を競うは、我らも望むところ」

 孫策は大杯を呷った。

「孫権、使者どのにも見えるよう披露目せい」

「御意」


 台座に整然と並んだ九本の刀剣は、近侍たちにより宴席の中央へと運ばれた。

「おお……」

 九本から放たれる絢爛けんらんな光に、その場にいた者からは感心の声が漏れた。


 三本の刀には、それぞれ、百錬ひゃくれん青犢せいとく漏影ろうえい――と彫られている。

 そして、六本の剣には、白虹はっこう紫電しでん辟邪へきじゃ流星りゅうせい青冥せいめい百里ひゃくり――と銘されていた。


「遂に現実となったか」

「先代さまが所望されていた九つの刀剣がこれか」

 途端に大宴の主役は、宴席に運び込まれた九刀剣となった。

孫堅そんけんさまに見せてやりたかったわい」

 韓当が巨軀きょくを震わせ涕泣ていきゅうしている。

「な、何と見事な宝剣。しかも、九本とは!」

 袁紹の使者、陳震でさえ眼を見張った。

「さあ、使者どの、もう一杯いかがか。呉の酒は格別ですぞ」


 孫策は一堂の様子に満悦となった。

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