第10話 粛清の時
都内の喫茶店で、俺は熊田雄吾と向かい合って座っていた。
俺の衣装は白と水色のパーカーで、フードがマフラーみたいに喉元を隠している。
下は黒のナイロンパンツ。
服の下には膝と肘に鉄の防具。
胸部には厚皮の胸当てを仕込んでいる。
腰のベルトにロングソードを鞘ごと固定して、やや大きめのショルダーバッグを肩に掛けた。
中には拳銃、閃光弾、ロープ、鎖、手錠、革手袋、回復薬、
全て爺ちゃんが用意してくれた。
睡眠薬と痺れ薬は無かったけれど、熊田の弱点だから必須だと伝えると、古い知り合い伝手に手に入れてくれた。準備は万全だ。
熊田はムキムキの体に派手な金髪。
テーブルに置いたコーヒーをグビグビと飲み干して、店員さんにすぐにお代わりを要求していた。
「ノエルちゃん、会えて嬉しいよ! 可愛い子とダンジョン攻略だなんて最高だな!」
熊田がデカい声で笑う。
周囲からの目線なんて気にする素振りも無し、しかしそれは俺にとっては都合が良い。
ノエルとしての――今のこの姿は、見られても損は無い。むしろ偽装工作としてアドバンテージに転換できる。
俺は黙ってスマホを手に持ち、文字を打ち込んだ。
<はじめまして、よろしくお願いします。実はダンジョンで負ったトラウマで声が出ないんです。
「へえ、声が出ないのか? 可哀想に!」
<ダンジョンでモンスターに襲われてからこうなっちゃって。トラウマを克服すれば声が出るかもって思ってます。
俺は巧みに嘘を吐いた。
それを聞いて、熊田は卑しく目を細めた。
「なら俺が守ってやるよ! 正義のスーパーベアーが傍にいれば安心だろ?」
そう言って自信満々に胸を叩いた。
内心、吐き気がした。
正義? 笑わせるなゲスが。
お前みたいのがいるとヒーローが穢れるんだよ。
どうせ俺のことも欲望を満たすための標的としか思ってないんだろ?
そんなふうに罵しってやりたかったが俺は口を噤んだ。口に出せば、全てがパーになってしまう。
20分ほど滞在して、俺たちは喫茶店を後にした。
その際、店員さんが熊田にサインを求めた。
熊田は慣れた様子で対応して、店員さんから電話番号を聞き出していた。
喫茶店を出た後、俺たちは付近のE難度のダンジョンに向かった。
扉は数多くあったが、俺はある一つの扉の前で立ち止まった。
<ここがいいです。
スマホに打ち込むと、熊田は疑う様子も見せずに笑顔で親指を立てた。
俺はヒーロー資格を持っていないので本来なら入れないが、熊田が監督者としての役目を果たし、今回はサイン無しで潜ることが許された。
そこは森の形状をしているダンジョンだ。
情報は【ザ・ヒーローズ】のダンジョン記録で事前に調べていた。
森なら、他のヒーローがいても木陰に隠れて暗殺できる。熊田を仕留めるには絶好の場所だ。
まぁ、殺人を目撃されてもさほど問題は無いけどな。この姿の俺が表に出る分には支障は無い。
【扉】を抜けると、湿った土の匂いと緑の木々が広がる。
「よっしゃ、行くぜ!」
熊田は剣を抜き、意気揚々と前進を始めた。
俺はショルダーバッグの中から革手袋を取り出して、さり気なく装着。黙って熊田の後ろをついていった。
しばらく進むと、ゴブリンやワーウルの群れが飛び出してきた。合計で六匹ほどだろうか?
ワーウルというのは狼に似たモンスターだ。
爪も牙も硬く、毛皮はギザギザ。
『ゴブゴブ!』
『ガウ! ガギャウッ!!』
『ギイィイ!!』
『ガオゥンッ!』
熊田は豪快に剣を構えて、俺を振り返った。
「俺の力、ちゃんと見といてくれよなっ! どらああああっ!!」
ザシュ!!
ドゴッ!
キィン!!!
『ギャブッ!!』
『グギャォオーーン!!』
『バグァッ?!!』
次から次へと、まるで棒切れみたいにモンスターを倒していく。レベル68の実力は凄まじい。真っ向勝負では間違いなく歯が立たないだろうな。
「ノエルちゃん、俺みたいな正義のヒーローがいれば怖いもんなしだろ? 可哀想な子を守るのは俺の使命だからさ!」
そんなふうに笑い、熊田はさらにモンスターを両断していった。
俺は【神眼】を軽く発動して、動きを先読みしながらロングソードで援護。首を狙って確実に仕留める。
この頃には【神眼】をある程度は制御できるようになっていた。爺ちゃんの訓練のおかげで、意識して発動させたり抑えたりが可能だ。
「ノエルちゃん、結構やるね!」
そう言って笑う熊田に、俺はスマホで、
<ありがとう。
と淡白に返した。
30分くらい進んだところで、俺は熊田を止めてスマホに打ち込む。
<ちょっと疲れたので休憩しましょう。
「オッケー! そんじゃ、ここで一息入れようぜ」
熊田が木の根元にどっかり座る。
俺はショルダーバッグの中からペットボトルを取り出して、熊田に手渡した。
<水分補給してください。
「おっ、いいね〜ノエルちゃん。気が利くなあ!」
バカみたいに笑いながら、熊田はそれを一息で飲み干した。中には睡眠薬と痺れ薬が仕込んである。
モルフという蝶のモンスターの鱗粉が使われていて、すぐに状態異常:睡眠・麻痺になってしまう代物。
効果は絶大だった。
弱点ということもあって、ものの数分で熊田の目がトロンとだらしなく垂れてくる。
「なんだか、眠く……」
小さく呟きながら、熊田は倒れた。
ぐっすり眠っているのを確認して、俺は行動を開始する。
まず、剣と鎧を外して武装解除。
ロープと鎖で熊田を樹木に縛りつける。
両腕を背後に回して、手錠で拘束。
ショルダーバッグから拳銃を取り出して、これで準備完了。
革手袋を装着したのはこれが理由だ。
熊田の全身に触れるので、指紋を残すわけにはいかなかった。
一通りの準備を終えた後で、俺は【神眼】を発動させた。するとステータスが浮かび上がった。
―――――――――――――――――――
種族:人間 45歳
ヒーロー名:スーパーベアー
HP254/254
MP182/182
攻撃力279+70
防御力184+80
魔法攻撃力138
魔法防御力112+50
素早さ180
職業:剣豪
スキル:キングベアー(熊人間に変身する)
耐性:物理攻撃半減 毒無効
弱点:魔法攻撃倍増 眠り・麻痺倍増
装備
天輝の剣 攻撃力+70
天光の鎧 防御力+80
魔法防御力+50
罪:業務上横領 脱税 私文書偽造 偽造私文書行使 詐欺 証拠隠滅 拉致 監禁 傷害 強姦
―――――――――――――――――――
やがて熊田が目を覚ました。
「う、うう……なんだ?」
呻きながら俺を見上げる。
そして自分の状況を理解したのか、少しずつ顔が青ざめていった。
「俺はノエル。お前みたいなクズを粛清するためにここにいる」
「なっ、喋れたのかよ?? つーかその声って男か?! お前、何者だ!!」
俺はその問い掛け全てを無視して、淡々と言葉を並べた。
「お前が死ぬべき理由を教えてやる。横領で金を盗み、脱税で正義を汚し、詐欺で人を騙し、拉致・監禁で自由を奪い、暴力で無垢な弱者を強姦した! お前は
熊田の目が震える。
なぜバレているのかという恐怖。
そして突きつけられた銃に対する恐怖。
コイツの頭の中は、二種類の恐怖とそれに伴う混乱でグチャグチャになっているだろう。
いい気味だ。
こういうクズが怯えているのを見るのは気分がいい。
「やめろ、やめてくれっ。頼むから俺を殺すな! 金ならいくらでもやる! 俺はヒーローランキング10位だ、金ならいくらだって用意できる、だから命だけは助けてくれ!!!」
すると【神眼】に情報が映る。
100% ※一時的に協力者になる可能性。
100% ※隙を見て攻撃してくる可能性。
コイツの魂胆が全部丸見えだ。
まぁ、この程度の情報なら視るまでも無く容易に想像できるけど。
熊田は命乞いをしながら必死にロープを引っ張る。だが結び目はビクともせず、解ける気配は微塵も無かった。それも当然だ。
睡眠慣性による一時的な筋力低下。
さらには痺れ薬による麻痺。
今のコイツは、一般人より少し強い程度の力しか出せない。
熊人間にでもなってみるか?
とはいえ、律義に変身が終わるのを待ってやるほど俺はお人好しじゃないけどな。
俺は拳銃を再度構え直した。
爺ちゃんに撃ち方を教わったから、もう迷わない。
熊田の額に銃口を向ける。
「ああ、本当に腹が立つよ。お前みたいなゴミクズがヒーローを名乗っているのをみると。心の底から吐き気がする。頼むからお前如きがヒーローを名乗らないでくれ」
「やめろおおお!!」
叫びながら熊田がスキルを発動する。
でももう遅い。この状況だ、変身が間に合う道理なんてどこにも無かった。
「ヒーローを――マックスマンを、侮辱するなぁ!!」
「頼む、やめてく――ッ」
タンッ!
俺は容赦なく引き金を引いた。
乾いた音が森に響いて、木の幹と草原に血が飛び散った。そして俺のパーカーも赤く汚れる。
熊田の頭がガクリと落ちる。
死んだ。
俺より圧倒的に格上の存在が、いとも容易く。
あまりにもあっさりしすぎていて、少し物足りなさも覚える。本当にこれで被害者は報われたのかと――。
まぁ、考えるには難しすぎる題材だ。
俺は思考を振りきって、ゆっくりと息を吐いた。
これで二度目の粛清が終わった。
「ふー。どんなに鍛えても所詮は人間か」
とはいえ熊田は10位。
上にはどんなバケモノがいるか分かったもんじゃないし、慢心は禁物だ。
「それにしても……う~ん。人を殺すってこんなもんか。いや違うな。コイツはゴミだ。そりゃ罪悪感なんてあるわけないか。つーか
俺は一人で納得する。
それからふと、あることに気付いて、噴き出した。
「ってことはアレか。アイツはまさしく
#
久しぶりの殺人だったが、感覚としては爺ちゃん家を掃除したときに近い。
社会からゴミを排除できた。
その達成感で、胸が充実感で満たされた。
俺はゆっくりと息を吐いてから、木の陰に隠れて周囲を見回した。
「よし、誰にも見られてないな」
安全を確認した後で、パーカーを裏返した。
リバーシブルで、裏は黒とグレーの落ち着いた色。白髪を掻き上げて、ショルダーバッグの中から黒髪のウィッグと付け髭を取り出す。
丁寧に装着して、伸縮自在のロングブーツを調整。身長が20cmほど
今後の日常生活、俺はこの格好で過ごすことになる。
鏡で見れば、まるで別人に見えるだろうな。
これで一人二役を演じられる。
熊田の死体はそのまま放置しておく。
ただしある
「あったあった。へぇ、これか。『転移石』ってのは」
時価数億以上はくだらない代物。
それが2つ、上着の内ポケットに入っていた。
好きな場所から好きな場所へと一瞬で移動できるチートアイテム。【神眼】を通して、コイツが持っているのは視えていた。
「これで戦略の幅が一気に広がるな」
数分後、モンスターがやってきた。
きっと血の匂いに釣られたのだろう。
そしてモンスターはガツガツと熊田の死体を貪り始めた。
俺は拳銃をバッグに仕舞い、ロングソードを腰に戻して、ダンジョンを後にした。
外に出ると、ふわっとした暖気が迎えた。
これで粛清は達成された。
けれど、この程度では喜んでいられない。
この世界にはまだまだ沢山の贋物が湧いている、まるで蛆虫みたいに。
この世界は腐っている。
人々は口を揃えてこんなことを言う。
臭い物には蓋をしろと。
でも、俺はそんな世の中は御免だ。
悪人が世に蔓延り優しい人間が損をする。
そんな世界なら俺の手でブチ壊してやる。
強者たちが歪な笑みを浮かべている。
まるで羽虫を殺すみたいに弱者を蹂躙する。
そしてそれを当然の権利であるかのように主張しやがる。
ならば俺も主張しよう。
弱者が翻す反旗もまた、当然の権利なのだと。
まだ粛清は始まったばかり。
「鎌元勝、次はお前の番だ」
ヒーローランキング9位。
ヒーローネーム・黄金卿。
待っていろ。お前もすぐ地獄に送ってやる。
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