第4話 初めての

 ゴブリンに囲まれた瞬間、俺の心臓が激しく高鳴った。


 5つの赤光が薄闇に浮かび、木のこん棒を握った緑色の腕がじりじりと近付いてくる。


 剣を握る手が震える。

 まずい。逃げられるのか?

  いや、逃げ道なんてない。


 背後には死体を食う3匹のゴブリンがいて、前にはこいつらだ。


 囲まれてる。戦うしかない。


「くっ、来いよ!」


 俺は剣を構えて叫んだ。

 直後、1匹のゴブリンがこん棒を振り上げて飛びかかってきた。


 俺も剣を振り下ろす。

 でも扱いに慣れてなくて、切るというより殴打する感覚が伝わってきた。


 ガギンッ!!


 刃がゴブリンの肩に当たり、鈍い音が響く。

 切り裂くどころか、弾かれただけだ。


「グギャッ!」


 ゴブリンがよろけるけど、倒れない。

 すると、他の奴らが一気に動き出した。


 右からこん棒が飛んできた。

 避けきれなくて、左腕に強い衝撃が走る。


「うぐ!」


 痛い。腕が痺れて剣を握る力が緩む。

 続けて背中に一撃。

 息が詰まって、膝がガクッと落ちそうになった。


 やばい、数に圧倒されてる。

 剣を振り回すけど、空振りばかりでまともに当たらない。


 ゴブリンの動きが速すぎて、目で追うのが精一杯だ。血の味が口の中に広がってきている。どこか切れたのかもしれない。


「クソッ、クソッ!」


 焦りが頭を支配する。


『ゴブーーッ!!』


 ドガッ!!


 また背中に一発もらってしまう。


「がッ?!」


 痛みで視界がチカチカした。

 その瞬間、頭の中で何かが疼いた。


 【神眼】だ。

 父親を殺したときみたいに、世界が一変した。


 ゴブリンの動きがスローモーションみたいに見える。


 あいつらのこん棒を振り上げる腕。

 歯を剥き出した顔。

 全部がゆっくりに動いている。


 俺の息が落ち着いて、冷静さが戻ってきた。

 もしかしたら【神眼】は、追い詰められたときに自動で発動する性質があるのかもしれない。


「これならいける!」


 俺は剣を握り直して、一番近くのゴブリンに狙いを定めた。首だ。あいつの首を狙えば、一撃で仕留められる。


 スローで見える動きを読みながら、剣を振り下ろす。今度はちゃんと刃が当たって、断ち切る感触が手に伝わる。


 血が噴き出して、ゴブリンが地面に崩れた。1匹目。


 次だ。

 右にいた奴がこん棒を振りかぶるところだった。首を狙って横にぐ。


 ズバッ!


『ギギャァッ!!』


 また血が飛び散る。2匹目。

 3匹目は少し離れていた。


 俺が近付くと、ビクッ! と体を震わせて怯えた様子を見せたけど、逃がすつもりはない。


 剣を構えて、全力で前方に刺突を繰り出した。

 切っ先が肉を裂き、骨を砕いて、ゴブリンが倒れた。3匹目。


 これで5匹のうち3匹だ。

 残りの2匹が目を丸くして、俺をじっと見てる。


『グギッ!』

『ギャッギャ!!』


 ゴブリンは変な声を出して、急に踵を返して逃げ出した。俺に怯えたみたいだ。


 息を吐いて剣を下ろす。

 戦いが終わった。


 辺りを見ると、父親の死体を食っていたゴブリンもいなくなっていた。


 ビニールごと、全部食べ尽くされてる。

 地面に血の跡が残っているだけだ。

 これで隠蔽は完璧だな。


 警察が来ても「ダンジョンに行ったっきり帰ってこない」で済む。


 俺は少し笑った。

 疲れているのに、妙な充実感が胸に広がって心が軽い。


 そのとき、頭の中で音が鳴った。


 ぱぱぱーんって、ファンファーレみたいな音。続いて、機械っぽい声が響いてきた。


 ――個体名:如月照きさらぎ てるのレベルが1から3にアップしました。


 一瞬、耳を疑った。


「何だこれ? 」


 でも、すぐに思い出した。

 テレビで見たヒーローたちが言っていた。


「レベルが上がると、世界の声が聞こえるんですよ」


 あいつらはダンジョンでモンスターを倒して、そうやって強くなったんだ。


 俺も今、それを実感している。

 驚きと同時に、達成感が湧いてきた。

 喜びが体を震わせる。

 初めての戦いでレベルが3に上がった。俺、強くなったんだ。


 でも、すぐに冷静になった。

 喜んでる場合じゃない。


 体を見ると腕や脇腹にアザができていて、肩の傷からはまだ血が滲んでる。服も破れて、血と汗で汚い。


 俺は空になったキャリーカーを拾って、それから剣は捨てていくことにした。少し不安だが、これは必須のプロセスだ。


 後に警察に聞かれた時「お父さんはこんな剣を持っていきました」と言えば、この剣が父親がダンジョンに潜ったことを証明してくれる。


 もしもダンジョン・デリートが引き起こされた場合、それは即ち何者かがこのダンジョンを攻略したことを意味する。


 その何者かが剣を見つけ、地面の血痕を目撃→警察に連絡というプロセスを踏めば、もうこっちのものだ。


 警察は結論ありきの杜撰な捜査を始め、人員も時間も金も掛けなくなる。


 つまり、俺が疑われる可能性がグッと下がる。


「さてと。用は済んだし、急いで出るか」


 ゴブリンに怯えられたとはいえ、また別のモンスターが来ないという保証はない。


 俺は来た道を小走りで戻り始めた。

 足が重いけど、心は高揚したままだ。

 

 白い扉を出ると、冷たい夜風が体を冷やした。

 入口にいた警備員さんが俺を見て、驚くと同時に駆け寄ってきた。


「おい、大丈夫かい?  傷だらけじゃないか!」


 俺はにこっと笑って答えた。


「怖かったです……でも、すげえ楽しかった! レベルも上がったし!」


 ダンジョンに憧れてたって設定ならこんな感じの反応が自然か? どうだ?


 俺の反応を見た警備員さんは一瞬目を丸くして、それから笑った。


「ははっ、君にはヒーローの資質があるね。初めてで、しかもソロの探索だろ? それでその感想が出てくるとは。でも、剣が無いな?」

「初めての戦闘だったので、無我夢中で。気が付いたらなくなってました。だから急いで戻ってきたんです。丸腰は危ないから」

「そうか。そういう判断能力も生存には欠かせないモノだ。君にはやはり才能があるみたいだね」


 初めてだ。母さん以外の誰かに褒められたの。

 たとえ嘘の行動だったとしても、それを褒められたのは素直に嬉しいと感じた。


 強い歓喜が胸を突き上げて、顔が熱くなる。


 警備員さんはポケットから小さな瓶を取り出して、俺に渡してきた。


「ほら、体力回復ポーションだ。飲んでみな。傷が少し楽になるよ」


 青色の液体が入った瓶。

 俺は蓋を開けて、一気に飲み干した。


 少しの甘味と少しの苦み。

 けれど飲んでからたったの数秒で、肩の痛みが少し和らいだ。アザもじんわり温かくなって、出血も緩和された。


 すごい。

 これがダンジョンのアイテムか。


「ありがとうございます!」


 俺は素直にお礼を言った。

 警備員さんは「気を付けて帰るんだよ」と手を振ってくれた。


 俺はキャリーカーを引きながら、家に向かって歩き出す。


 夜の街は静かで、遠くの街灯がぼんやり光っている。


 疲れているのに身も心も軽かった。


 初めての戦い。

 初めてのレベルアップ。

 そして――。


「母さんがいなくなってからは初めてだな。誰かに褒めてもらえたの……」


 全部が頭の中でぐるぐると回って。


「ふふっ」


 気付けば、勝手に笑みが溢れていた。

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