第38話 宝箱の中身と、その効果を確認しちゃえばよくない?
「ふぅ~」
無事に大きな戦闘を乗り越えた。
肩からスッと力が抜けていく。
「雨咲君、東條さん、お疲れ~!」
西園寺のフワリとした明るい笑顔が、戦いの疲労を芯から癒してくれる。
あ゛~可愛いぃぃ!
西園寺はいるだけで、老舗旅館の名物温泉くらいの癒し成分がある。
すぅ~はぁ~……うん。
大きな戦闘後の汗混じりヒカリウムも、これまた格別。
……投石コボルトたちは倒しちゃったけど、もう少し身を隠すようにくっついてくれててもいいんですよ?
「うぃ~お疲れ~」
「お疲れ様、二人とも。大勝利だったわね!」
東條は消滅した土台から綺麗に着地し、嬉しさを隠そうともせずこちらに駆けてくる。
その声も弾んでいて、珍しく興奮気味だった。
東條のクールさを崩さない笑顔も魅力的で、熱くなった身体を心地よく冷ましてくれる。
ギャップ可愛いぃよぉ~!!
西園寺温泉に浸かって芯まで温まった後、東條水風呂で一気に全身が冷やされる。
あ~おかげでもう整っちゃったわ。
……うん、自分でもちょっと何言ってるか意味わかんないですね。
「ああ。俺、レベル上がったわ。西園寺も【調教
通常個体のコボルトから、12体いた投石コボルトまで。
全部が経験値1.5倍となって、西園寺の手首にある【調教
「うん! おかげで私もレベル2つ上がったよ!」
「2レベルも!? 私もレベルアップはしたけど……やっぱり〈調教〉の枝や【調教Lv.】って、とても大事なのね」
東條は。
従者の先輩である西園寺が成長する姿を、とても参考にしていた。
西園寺も西園寺で。
少しでも東條のためになればと、親身に話相手になってくれている。
二人がここまで仲良くなってくれるとは当初思っていなかったため、とても嬉しい誤算だった。
……さらに俺の想定を飛び越えて、美少女二人でチュッチュ・イチャコラを見せてくれてもいいんですよ?
「――おっ。勝者へのご褒美が来たようだぞ」
空間内の変化に、最初に気がついた。
石畳の中央。
1mくらいの幅をした宝箱が、突如として出現したのだった。
◆ ◆ ◆ ◆
箱の周囲に集まって、外観を観察する。
「おぉ~! これが【隠し部屋】クリアの報酬なんだぁ~!」
「ええ、そうらしいわね。……へぇ~。触った感覚は普通の木箱のようだわ」
東條が前屈み気味に、赤い蓋の部分を優しくサスサスと撫でていた。
豊満で魅力的な胸が強調され、とても目のやり場に困る。
あの、何だろう……前屈みは俺の特権なんで、やめてもらってもいいですか?
あとその手つきも、極めてエッチだからやめてくださいね?
西園寺が、脳内ASMRのフリー素材をドンドン提供してくれるのに対して。
東條は、脳内映像のフリー素材になる動作や仕草ばかりしてくれて大変助かってます。
やはりその素晴らしいボディーや、けしからん太ももなんかは。
脳内映像と、とても大きなシナジーがあるのだろう。
「おし、もういいかぁ~? 開けるぞ~」
宝箱の正面でしゃがみ、閉じた口部分へと指先をひっかける。
二人から期待の視線を背に受けつつも、ゆっくりと蓋を持ちあげていった。
重さは全く感じず、驚くほど簡単に蓋は開いていく。
漠然と想像していたような、
「ありゃ……」
金銀財宝が、箱から溢れんばかりに詰まっている。
そんな光景をイメージしていただけに、失望感やガッカリ感が湧いてきた。
「あっ、見て! “何か”あるよ!!」
だが、西園寺の興奮した声が聞こえた。
細く綺麗な人差し指が、箱の奥底を指し示している。
釣られるように視線を向けると、確かに“何か”があった。
敷物の上。
“手袋のような物”が見える。
そして敷物の色に同化して見えなくなってしまっていたように、濁った色の魔石がいくつかあった。
「本当ね……」
東條が慎重な手つきで“手袋”を取り出す。
手首まで生地があり、灰色で、右手用しかない。
手の甲部分に、丸い宝石のような装飾が施されていた。
「――あっ! もしかして、これって【ダンジョングローブ】じゃないかしら!?」
東條が、驚いたように目を見開いている。
【ダンジョングローブ】という名称には、聞き覚えがあった。
「えっ!? 嘘っ、これが【ダンジョングローブ】なの!?」
西園寺もその名前を聞いて、声が一段高くなっている。
「ええ。一度“学校”の授業で、実物を見たことがあるわ」
なに?
……クソッ、やるな、冒険者科高校。
俺も頑張って『あっ! これ雨咲塾でやった奴だ!』って言ってもらえるくらいにならないと。
そうして『君も、雨咲塾で冒険者準備をして、周りからスタートダッシュを切ろう! 一緒に青春を満喫しようぜ!』を今後の従者候補への勧誘文句にできないだろうか……?
……流石に
「で、どうしよっか?」
西園寺が、俺と東條のどちらとは無しに聞いてきた。
「魔石の方は換金するにしても。この【ダンジョングローブ】(仮)については、ちゃんと考えた方がいいだろう」
「そうよね……。何しろ“今いるダンジョンで、行ったことがある階層へ自由に移動できるようになる”代物なんですもの」
東條の言葉で、全員が“手袋”へと視線を向けた。
そして西園寺が、全員の心中を代弁する様に言う。
「……一回、ちゃんと使ってみないと、だよね?」
◆ ◆ ◆ ◆
「えっと。本当に俺が“所有者登録”してもいいのか?」
【ダンジョングローブ】を持ち、二人へ最終の意思確認をする。
「うん。“私が使ってみたい”ってよりは、その効果の恩恵に与りたいってだけだから」
「ええ、私もよ。誰か一人しか登録できないのだから。代表して雨咲君が使う、で良いと思うわ」
西園寺も東條も遠慮したり、迷っているような様子は一切なかった。
……なら、そうさせてもらおう。
「わかった――」
【ダンジョングローブ】の手首部分を両手で持つ。
手が入る隙間口を広げるように、よいしょと引っ張ってみた。
だが生地が特殊なのか、殆ど伸びない。
……しょうがないな。
「んしょっ――」
頑張って、無理くり、力づくで。
何とか右手にはめることができた。
キュッと手全体が締まるようで、若干圧迫感がある。
グーパーと、広げたり閉じたりを繰り返した。
少しでも手に馴染ませようとしたが、上手くいっているかは微妙なところである。
「よしっ……おっ?」
【ダンジョングローブ】に、早速の変化があった。
手の甲部分、丸い宝石のような装飾が小さく光る。
そしてその周囲を縁取るようにはまっている、リング状の装飾。
それが点滅するようにして、これまた光り出したのだ。
点滅間隔は次第に短くなり、やがて1回だけ強く輝く。
その後は、リング部分がずっと薄く光り続けていた。
「あ~なるほど。これで“所有者登録”が終わったんだな」
感覚的に、それが理解できた。
今後は俺が放棄しない限り、他の人が使用できなくなる。
また、西園寺が【調教
俺も【ダンジョングローブ】を自在に消したり、あるいは召喚できるようになっていた。
「ほっ、はっ!」
虚空へ戻すのと、取り出すのを試してみる。
手に装着されたままの【ダンジョングローブ】。
はめるのも苦労した、サイズのキツいそれが、である。
いきなり消えたと思ったら、次の瞬間には再び手に装備されていた。
自分の意思で、それが自由自在に行えたのである。
「お~!」
「凄いわね」
観客になっていた二人が、感心するように拍手をくれる。
素直に気を良くし、いよいよ本題に入っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
「えっと? こう、か?」
【ダンジョングローブ】がくれるイメージ。
それに導かれるようにして、装備されている右手を目の前にかざす。
「おっ!?」
すると【調教ミッション】のように、新たな画面が展開された。
[ダンジョングローブLv.2 転移可能階層]
●1階層 入口
●2階層 階段前
●2階層 隠しエリア ←現在地点
転移可能人数 現在:3名
― ― ― ―
「雨咲君?」
「どうかしたの?」
俺が声を上げたことで、西園寺と東條が反応する。
二人の方を向いて、目の前に出てきた画面を指さした。
「ここに、転移可能な場所が表示されたんだが……」
「えっと……?」
「……ごめんなさい、私には見えないわ」
……まあ、予想できたリアクションだった。
やはり所有者にしか見えないらしい。
だが【調教ミッション】画面で、同じような経験をしていたことが生きてくる。
二人は見えていなくても、俺の説明を疑うことなく信じてくれた。
「じゃあ、とりあえず“1階層 入口”を選んでみるぞ」
宙に浮く画面に、グローブがはまった指先でタッチする。
『“1階層 入口”に転移します。よろしいですか? はい/いいえ』
するとメッセージ画面が現れ、確認を求められた。
“はい”を選ぶ。
「おっ!!」
――すると1mほど先に、次元の裂け目のようなものが現れた。
それはやがてアーチ状をした、縦長の穴となる。
ゲートの先は真っ暗で、一見しただけでは何も見えない。
だが近づくと、見たことある光景がその先に映っていた。
「あっ! ここ、あそこだ! 1階層の入口だよ!!」
「……本当ね」
ゲート先の光景は二人にも見えるようで、驚きと興奮が一気に広がった。
これが成功すれば、行き帰りの負担が全く違ってくる。
特に学生冒険者にとっては、天と地ほどの差だ。
普通は明日の学校、登校時間、前日の就寝、帰宅などを逆算し。
ダンジョンから帰還し始めないといけない時間を、大まかにだがはじき出すのだ。
なので【ダンジョングローブ】があれば、その帰りを大幅に楽できるのである。
「……じゃあ、行ってみるか」
恐る恐るゲートへと進み始める。
「あっ、ちょっと待って!」
だが東條から、ストップがかかった。
「確か、他の人は“所有者に触れてないと一緒に行けない”はずよ? だから、その……はい」
東條は指摘とともに頬を赤らめ。
ツンとした表情のまま視線は合わさず、服の右裾をチョコンと摘まんだ。
「あ、えっと、そうなんだ。……じゃ、じゃあ私も、雨咲君を、触らないと、だもんね? 失礼します……」
西園寺も照れを誤魔化すような笑顔で、可愛くトコトコと反対側へ回る。
そうして
…………。
――あっ、俺今から浄化されるんだ。
西園寺と東條。
その二人から発せられる尊い成分が、容赦なく俺を尊死させに来た。
ヒカリウムとセツナイオンの過剰摂取。
間違いなく俺だけがかかる生活習慣病の原因ですね。
ヒカヒカはしません、ほらっ、すぅ~。
あぁ~セツナイオンの音ぉ~!!
……幻覚・幻聴まで出てきちゃいます。
皆、ヒカリウムとセツナイオンの過剰摂取には気を付けてね!
「……じゃ、改めて行くぞ」
荷物忘れなどもないことを確認したうえで。
三人、足踏みをそろえて、ゲートへと歩いていく。
「っ!」
穴をくぐる時。
一瞬だけ、未知の空間を通る不安がよぎった。
だがそれは一瞬のこと。
すぐに足元の奇妙な浮遊感を覚え、それに上書きされる。
「――おっ!」
そして次の時には、もうすでに、1階層の入口へと降り立っていたのだった。
「……凄い」
「……一瞬で、帰ってきちゃったね」
東條も西園寺も無事、一緒にゲートをくぐることができた。
今度は驚きよりも、不思議な体験をしたことへの感動の方が大きいらしい。
それに浸るように、多くをしゃべらなかった。
「……とりあえず。無事に帰ってくることができたから。今日はこれで上がりにするか」
「ええ、そうね」
「うん、お疲れ様でした!」
そうして本日の探索を、大成果で終えたのだった。
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